福島県いわき市に本社工場を構え、主力の板かまぼこをはじめ、魚肉練り製品製造を一貫して行ってきた株式会社夕月。板かまぼこは1日13万本という全国有数の生産能力を誇ります。昭和50年代には、業界に先駆けて機械化による大量生産体制を整えるほか、テレビCMを打つなどの広告戦略も功を奏すなど、かまぼこのトップメーカーの地位を築いてきました。
同社の前身は、現在代表取締役を務める清水淳子さんの祖父にあたる四家 栄安(しけ えいやす)さんが営んでいた「マルヤス水産」。地元江名港で仕入れた魚の干物加工を主に手掛けていました。
江名漁港は小さいながらも北洋船が立ち寄る地域で、その船主さんが大手のかまぼこ製造業も営んでいたこともあり、地元の産業の一つとなっていたそう。そういった環境もあり、父・市男(いちお)さん(のちに初代から栄安の名を襲名)は、かねてより憧れであったかまぼこ製造を始めました。
「家族ぐるみで始めたかまぼこ製造でした。新潟や静岡県の焼津など当時蒲鉾の産地だった場所へ研究に行き、独自の味を追求したと聞いています。かまぼこ製造業としては後発でしたが、味が認められて徐々に県外へと販路を広げ、東京の卸売市場へ出荷するようになりました」と話す清水さん。
1963(昭和38)年には、社名を「株式会社夕月」に変更。この「夕月」という名前は父の市男さんが海辺を歩きながら海に浮かぶ月を見て発案したもの。当初は板かまぼこの商品名として名づけられましたが、その名がブランドとして浸透してきたことから、会社名も「夕月」としました。
創業当時からのロングセラー商品「夕月 ホワイト・レッド」
清水さんは、4人兄弟の末っ子。幼い頃から自分が家業を継ぐことはまったく考えておらず、高校進学と同時にいわき市を離れ、そのまま東京の企業に就職しました。
「子どもの頃は家業が忙しくなっていたので、父親と話すこともほとんどなく、父は怖い人という記憶だけでしたね。東京での仕事の合間に帰省した際、父と話す機会があって、創業当時の話を初めて聞いてみたんです。父が目頭を熱くさせながら話す様子、きょうだいが一体となって無我夢中でやってきたこれまでの話にとても引き込まれてしまって、こんなに魅力的な仕事だったのかと。家族が一体となって力を結集すると、それ以上の力になるんだなと感じたんです。私もこの仕事に携わりたい、一員になりたい。そう思いました」
20代半ばだった清水さんは、それを機に東京での仕事を辞め同社に入社します。その後新規事業に参入した三代目の兄から引き継ぐ形で、2018(平成30)年に代表取締役に就任。従業員を家族=ワンチームととらえ、「従業員が誇りをもって働ける会社に」と、創業当時からの思いを受け継いでいます。
2011(平成23)年3月の東日本大震災では、同社は大きな揺れに見舞われ、工場の建屋や設備に破損断裂が生じるなど大きな被害を受けます。水道は1カ月復旧せず、工場の製造ラインは約2カ月ストップしました。
入社以来、営業として工場の現場と取引先のコントローラーとしての役割を担ってきた現専務取締役の奥野 高士さんは、当時の状況を次のように話します。
「水がストップしたので、片付けすらままならない状態でした。冷蔵・冷凍庫も水を循環させて冷やす水冷方式だったので、従業員がバケツで水を運んで手で水を流し入れる作業をし続けるなどしながら、その場をしのぎました」
その間スーパーをはじめとした量販店への供給はストップ、販売先の棚は他社製品で埋められることとなり、生産再開後も取引再開は厳しい状況でした。その後の原発事故による風評被害も重なって、一時、売上は震災前の10%まで落ち込むこととなります。
同社では、風評からの信頼回復を図るため独自に放射線量を測るガイガーカウンターを設置。1時間ごと、各部、各工程で放射線量を計測し、生産した商品については行政に提出、自社での計測のほか、外部機関にも放射線量の計測を依頼し、その結果を公開。そうした努力を重ね少しずつ売り上げを回復させていったものの、1年経ってようやく震災前の70%~80%という厳しい状況が続きました。
それでも、震災での経験を通して気づいたことがあるとおふたりは言います。
「出荷前の商品をダメにする前にと思って、震災直後は近隣の避難所に商品を配って回りました。食べるものがありませんでしたから、皆さんにとても喜んでいただいて。もともと保存食としてつくられていたかまぼこの防災食としての可能性をあらためて感じました」と奥野さん。
清水さんは次のように続けます。
「あの時はありがとうございました、とお客様がわざわざ会社に伝えにきてくださったんです。命をつなぐための食べ物を作っているんだと、原点に立ち返るきっかけになりました」
震災後は、デフレの波が押し寄せ、以前は約200円の販売価格が主流だったかまぼこを100円という単価で販売せざるを得なくなります。同時に、消費者の家族構成などの変化から小ぶりなものが求められるようになっており、同社でも、末端価格が100円前後、量目85gの板かまぼこの製造を始め、ニーズへの対応を図りました。
同社の板かまぼこは、加熱前の板付きかまぼこをプラスチックフィルムで包装したあと、リテーナ(金型)に入れて蒸すリテーナ成形という製造法をとっています。かまぼこが蒸し段階で膨張し、密閉性が高まることで保存性が高まることが特徴です。
営業努力によって新規でいくつかの量販店から85gの商品について引き合いが強くなってきていました。この需要に応えるため、従業員には残業もお願いし、週休二日制ながら交代で毎日工場を稼働させていましたが、それでも需要が生産キャパをオーバーするような状態になってしまったのです。
この状況を改善すべく、板かまぼこの製造ラインの問題点を洗い出した結果、蒸し工程がボトルネックとなっていることが分かりました。そこで、販路回復取組支援事業によりSUS平板とスペーサーを導入し、以前200gの板かまぼこを製造するのに使用していた蒸し機と併せて使用することで85g商品の増産を図ることにしました。
その結果、増産の妨げとなっていた蒸し工程の生産能力が大幅にアップし、令和5年度(9月~3月)は定時の勤務時間内で、前年度に比べ、製造本数を約6%伸ばすことができました。またこれにより、年末のおせちイベントでの大量注文に対応が可能になり、新規取引先を獲得できたことで、震災前の107%まで売上が回復しました。
「その時代に応じた情報をキャッチして、対応していく。そうした姿勢を続けていきたいと思っています」と奥野さんは話します。
同社は今、長く板かまぼこを主力とする業態から、新たな商品を開発し、既存になはなかった業種、他業界へアプローチすべくチャレンジを続けています。
そのひとつが、2020(令和2)年に立ち上げた同社の新ブランド「ななはまの詩」です。いわきでは地元に7つある浜が地域の人に愛され、地域の食を支えてきました。その7つの浜のようにもっと地元いわきの魚に親しみ、食べてもらいたいという思いから生まれたブランドです。同年には、ななはまの詩「はまドッグ」を発売。ベーコンとチーズを練り込み、パンに挟んで揚げた商品で、ファストフード感覚で食べられ、育ち盛りの子どものおやつにもぴったりです。
「新商品プロジェクトチームで『栄養とボリューム、ワンハンドで食べられる』をコンセプトに開発しました。地域のイベントやサービスエリアで販売し好評をいただいています」と清水さん。
「当社で唯一の冷凍商品なんです。多用途に使えるので、これまでにはなかった販路開拓の一手として考えています」と奥野さんは今後の販路拡大へ意欲を示します。
「はまドッグ」。サクサク、もっちりとした食感が新鮮だ。インバウンドのお客様にも好評だったそう
さらに、どこよりも新鮮な素材でどこにもない味を、と愚直に追求してきた創業からの理念に立ち戻り、厳選した素材で付加価値の高い商品づくりに取り組んできたブランド「美味一膳」からは、2024年5月に「かまぼこの酒粕漬け」を発売。福島県喜多方市の酒蔵「ほまれ酒造」とのコラボで生まれた商品です。
「かまぼこの酒粕漬け」。福島県を代表する酒蔵・ほまれ酒造(株)の純米大吟醸酒粕に漬けこみ、隠し味に味噌やみりんを加えて風味よく仕上げている
「某銀行のビジネスマッチング事業を通じて、ほまれ酒造さんと交流を持つことができ、発酵食である酒粕を使った商品を作れないかと相談しました。酒粕を練り込んだ商品はこれまでもあったと思いますが、漬け込んだ商品は業界初ではないかと思います。主力である板かまぼこのブランド力にあぐらをかかずにニーズを捉えていきたいと思っています」と奥野さん。
今回導入したスペーサーの利用で、残業もせず、適正な時間内での生産能力を確保できたことは、同社が今後も引き続き目指す、時代に合った新商品の開発、販路拡大へ注力する余力を生み出すことにつながったと言えるでしょう。
本社に隣接した店舗「夕遊庵」では、「美味一膳」、「ななはまの詩」ブランドの商品、福島の特産品を取り揃えているほか、焼きたての「はまドッグ」も販売している
同社では、2004(平成16)年から、かまぼこアート・竹ちくわ作りを体験できる「いわきかまぼこ工房」も運営、地域の食を学ぶ場として地元小学生らが多く訪れています。
「この5年間、小学生のときにかまぼこ作りを体験した子が毎年入社してくれています。子どもの時に体験したことがしっかりと記憶として残っているんですね。地域の中でそうした循環が生まれているのは、大きな喜びです」と語る清水さん。
家族が一体となっての物づくりの仕事に魅力を感じ、飛び込んだ家業。震災、原発事故という困難に見舞われながら、従業員がワンチームとなって歩んできたこの10余年。その土台となる人材の力は、長くこの地で育まれていました。
「はまドッグ」「かまぼこの酒粕漬け」に続く、かまぼこの可能性を広げる商品が、またこのチームから生み出されていくことでしょう。
株式会社夕月
〒971-8182 福島県いわき市泉町滝尻字松原55自社製品:魚肉ねり製品、板付きかまぼこ、揚げ物、蒸し物、焼き物 ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。