山菱水産のルーツは、明治時代から操業していた「村山漁業」に遡ります。茨城県の北部から、現在の本社がある福島県いわき市の小名浜あたりで広く漁業を営んでいました。その後、昭和52年に水産加工、販売、卸も行う山菱水産株式会社として生まれ変わります。
「もともとは遠洋まぐろ漁船2隻、他遠洋船2隻で漁船漁業を経営しておりました。自分達で獲ってきたそのマグロ、イカ、サケ等の一次加工、販売をしておりました」 (山菱水産株式会社 東京OFFICE シニアマネージャー 宮地 努さん 以下「」内同)
山菱水産の転機になるのは、現社長である村山雅昭さんが社長を継いだ20年ほど前のこと。時代の変化と共に立ち行かなくなってきた漁業をやめ、加工業に特化する方針を打ち出したのです。商品自体もお客様のニーズに細かく答えた加工度の高いものにシフトしていきました。
代表商品である「まぐろのたたき巻き芯」も、そんなお客様のニーズに応えた商品の1つ。山菱水産のまぐろを使ったネギトロ巻きは高品質で味が良く、量販店でも人気商品なのですが、その分「売れすぎてバックヤードでの調理が間に合わない」という問題がありました。そこで巻き寿司用に特化した冷凍の芯を開発。それまでチューブで絞りだしていたまぐろたたきを棒状に固めることで、巻き寿司の調理スピードが各段にアップしたのです。開発当初は冷凍したものを切り分けていましたが1時間に数千本を生産できる体制を整えました。
「世界の美味しいものを食卓に提供し、消費者の方々に感動して欲しいというのが我々の願いです。社長は、まぐろ屋というよりマーケットを俯瞰して見ているような人です。仕入れのセンスが良く、自分の目にかなわないものは買いません。反対に良いものがあったら底なしで買います。お客様に感動を届けるため、美味しいものをベストな状態で届けることを徹底しています」
マグロは-50℃の超低温で保存しないといけません。そのため、超低温冷凍庫の保管量も全国で限られており、【仕入れたらすぐ売る】のが業界の慣例になっているのです。しかし、山菱水産はその売り手市場の習慣に疑問を持ち、超低温の冷凍設備を大量に保有することで、「良いものをたくさん持ち、安定した価格、安定した品質で提供すること」を可能にしています。また山菱水産では、「売って終わり」ではなく売り先である量販店の業績が上がることを常に考えています。そのために量販店のマーチャンダイザーと一緒に商品開発をすることも少なくないのだそう。
「取引先の業績が良いと自分達も嬉しいじゃないですか。なので、寿司だったらまぐろ以外はこういう魚を入れた方がいいんじゃないか、関東のネギトロ巻きのトレンドは中巻きだから見直した方がいいんじゃないか等、アイディアを積極的に出しています。また我々は品質の良いまぐろをいつも食べて舌を鍛えています。自分たちがおいしいと思うものは売れる、という自信があります」
福島県いわき市の沿岸部、小名浜より5㎞ほど北にある中之作港は、カツオ一本釣り、サンマ棒受網、旋網漁等を主とする沖合漁業の基地であり、特にカツオについては東北有数の水揚げを誇る港です。また、古くから廻船誘致活動を積極的に行っており、福島県内をはじめ宮城県、高知県など県外からの漁船の利用も盛んです。
この中之作港の港湾内に、山菱水産の第一工場、第二工場、事務所があり、主に鮮魚や加工度の低い製品を取り扱っていました。東日本大震災で中之作港も津波に見舞われ、2つの工場、事務所は全損。当時から年間数十億円の売上があった山菱水産の震災直後のひと月の売上は昨年比30パーセント。ひどい日は1日の売上金が300円の日もありました。内陸にあった小名浜の工場は残ったものの、1か月間は断水で水が確保できず休業を余儀なくなれました。
しかし、そこからの山菱水産の復興は目を見張るものがありました。水の確保が可能になったら即座に小名浜の工場を再稼働。手に入る原料を使い「とにかく作れるものを作る」ことに熱意を傾けます。2011年4月5日からは放射能検査も開始。こちらは現在に至るまで数値を公表し続けていますが、一度も基準値を上回ったことはないのだそうです。
「ウチの代表のすごいところは、悲観的にならないことなんです。震災が来た時はもうダメかと一瞬思ったようですが、翌日から新しい工場建築を考慮して全国に場所を探していたと言っていました。普通はナーバスになると思うんですが、そうではなく、非常時は却って頭が切れるというか、冴えるみたいです。普段から備えているのもあるのでしょうが、すごいと思います」
そうして2013年に3月には、小名浜の駐車場だったスペースを利用して建設した新社屋・新工場での操業が始まりました。新工場は、超低温冷凍庫ダクトレス空気冷媒システムに加え、太陽光発電システム、工場排水処理システム等、環境にも配慮した設備も備えました。また2014には、FDA・HACCP、2016年にはEU・HACCPも取得します。
「ありがたかったのは、我々を支持してくれるお客様が多数いてくださったことです。いくら検査をして安全ですと言っても、それを売ってくださるお客様がいなかったら立ち行かない。それまで良い関係性を築いていたからこそ、復興が早かったのだと思います。おかげさまで従業員の解雇や、給料の未払い等もありませんでした」
山菱水産が最初に展示会に出展したのは令和5年の「東北復興水産加工品展示商談会2023」。その後、「スーパーマーケット・トレードショー2024」にも参加しました。
「我々は量販店さんとの繋がりは強いのですが、それでもまだ取引のない量販店さんもあります。それに外食など違う業態の方との縁はまだ不十分です。展示会は食べてもらうことで自社を知ってもらう、良い宣伝の機会と捉えています。まぐろは保管が難しいのですぐに商売に発展させられるかは未知数ですが、接点があれば、そこから新規顧客、新しいマーケットの開拓へと広がっていくのではないかと期待しています」
出展する商品も、「まぐろの尾肉の唐揚げ」や、血合いの部分にたれ付けをしてレバニラ感覚で食べてもらえる「まぐろのスタミナ焼き」など、新しいものにチャレンジしました。また加熱品でもまぐろは超低温で保管をしないとベストな状態ではなくなってしまうため、保管が難しい場合には、自社で保管して宅急便で送るなどの柔軟な対応も行っています。
血合いを使ったスタミナ焼き(左)と尾肉を使った唐揚げ(右)
「今まで関西は物流面で難しかったのですが、展示会を機に中間業者さんと知り合えることで、販路も広がっていきます。今までは福島のまぐろ屋さんだったかもしれないですが、徐々に日本全国でまぐろと言えば山菱だよね、という認識になってきていると思っています。関西方面にも販路をさらに広げて、その評価を確固たるものにしていきたいです」
実は取材の翌日からもジャパン・インターナショナル・シーフードショーに参加。今回は本まぐろの中トロを配合した付加価値の高いネギトロ巻きを前面に出す予定なのだとか。前回は加熱、今回は生食など毎回テーマを決めて戦略を変え、有効な方法を模索しているのです。
「復興は大切だけれど、復興のために助けてください、とお情けで買ってもらうのでは意味がない。なので積極的に新商品を出したり、新しいチャネルを探したりしながら、身のある商談が出来ればと思っています」
強みのまぐろだけにこだわらず、常にマーケットを見ながら適切に、柔軟に対応していく山菱水産。今後も日本食のニーズがある海外に積極的に輸出を行ったり、魚価が安定しない中、より加工度の高い商品を開発する等、様々な新しい展開を検討しています。そんな取り組みの一環として、8月にはいわき駅でレストランをオープンし、海鮮の炭火焼きなどを提供するのだそう。一方で、地元のいわき海星高校の漁業実習で穫れたまぐろを全て買い上げ、「小名浜産のまぐろ」として販売する等、地元への貢献活動も長年続けています。
2024年8月オープンのレストラン「超(ウルトラ)」まぐろ丼や極上の干物定食など海の幸が味わえる
また人材の登用などについても、非常に柔軟なのだそう。今回お話を聞いた宮地さんもスーパーマーケットを経て、水産関係でまぐろとは別の仕事をしていたところ、山菱水産にヘッドハンティングされました。
「まぐろは扱ったことがなかったし、難しそうだけれどチャレンジしたいと思って入社を決めました。社長の絶対的な直感やセンス、業界全体を俯瞰して見る視野の広さを知っていたので、この人の元で働きたいと思ったことも大きな動機です。私と同じように、銀行などの異業種から転職してきて、まぐろをやっている同僚も多いです」
震災からの復興を遂げた後も、コロナや物価高など社会の情勢は激変しています。コロナによって家庭でのまぐろ需要が急増したのに水揚げが極端に少ない年があったり、魚価が上がった上に超低温の冷蔵庫は電気代が通常の3倍かかりコストが跳ね上がる等、山菱水産も時代の影響は受けているはずです。
「コロナでマーケットからまぐろがなくなるんじゃないかと言われた時も、ウチは絶対に在庫を切らさないので安心してください、と任せていただきました。今は物価高なので価格の面ではお客様にご理解いただく部分も多い。その代わり在庫は絶対に切らさないし、絶対に品質は下げないという部分は信頼してもらっています」
お客様に感動を届けるために、足りないところに最適な価値を届ける。山菱水産の変わらぬポリシーがある限り、お客様との深い信頼はさらに強固になっていくのでしょう。
山菱水産株式会社
〒971-8101 福島県いわき市小名浜字11-59自社製品:まぐろの冷凍水産物 ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。