活きてる味――。
これは味付けメカブやイカの塩辛などの水産加工を営むカネカシーフーズ(宮城県気仙沼市)が、社屋にも掲げるキャッチコピーです。
「活きてる味」に込められた思いを株式会社カネカシーフーズ 代表取締役社長の昆野直さんが教えてくれました。
「このキャッチコピーは、この会社を1967年に設立した私の父(昆野武さん)が考えました。『活きてる味』というのは、一言で言えば味のいい商品。父はとろろ昆布や生珍味の製造をして、イカの塩辛を人気商品に育てました。水産加工だけでなく不動産など多角的に経営をしていましたが、私は水産加工一本で『活きてる味』を追求しています。一部の人から『すごくおいしい』と言われる味よりも、みんなに受け入れられる味を目指してきました」(株式会社カネカシーフーズ 代表取締役社長 昆野 直さん、以下「」内同)
みんなが美味しい味を目指した昆野さんのモノづくりは、同社の主力商品「朝飯めかぶ」として実を結びます。平成8年(1996年)に誕生したこの商品は、同社が全国展開を推し進める大きなきっかけとなりました。
「東北地方は濃い味つけが好まれるのですが、同じ味付けだと関西では『からい』『しょっぱい』と言われることがあります。そこで、『朝飯めかぶ』は広く受け入れられる薄味のメカブ製品にしました。」
あとはそれをどう売るか。「朝飯めかぶ」を食卓に定着させるべく、昆野さんがヒントとしたのは納豆でした。
「それまでのメカブ製品は、大容量パックで販売するのが一般的でした。私は納豆のような食べやすい形にしたいと思い、小容量3個パック売りを業界で初めて採用しました。味も形態もよそにない商品ができ、これは全国で売れるぞと思いました」
昆野さんの狙いは見事に当たり、「朝飯めかぶ」は大ヒット。これに伴い全国の主要都市に営業所を開いて365日対応の出荷体制を整えました。
東日本大震災の津波により、カネカシーフーズ本社にあった工場や配送センターなど6つの施設はすべて全壊しました。また高額の機械が流されるなどし、被害額はおよそ50億円に上ったといいます。
「5メートルの津波が来ると警報があり、従業員には手ぶらですぐに山に逃げてもらいました。実際にはそれ以上の津波が押し寄せ、工場1階は浸水しましたが、幸い人的被害はありませんでした。従業員の私物も、工場2階のロッカーにあったので無事でした」
1階部分は骨組みしか残りませんでしたが、使用可能だった4工場を修理し、生産機能を集約。新工場を建設しなかったのは、早期再開を優先したためでした。
「地震保険に入っていたので、資金的にもすぐに工事が可能な状況でした。メカブ原料も東京に在庫がありました。震災直後の気仙沼では、何かを始めようとする人がまだほとんどいなかったので、うちが先頭に立つつもりで急いで再開の準備を進めました」
北海道・小樽市で工場と機械、従業員宿舎を借りて、6月から出荷を再開。気仙沼の本社工場でも、7月から出荷を再開し、シシャモの卵を味付けした「プッチンコッ子」が店頭に並びます。
迅速な対応により、カネカシーフーズの販路喪失を最小限に抑えることに成功した昆野さんですが、今度はカネカシーフーズのもう一つの定番商品であるイカの塩辛の売上減少に悩まされることになります。震災前は売上全体の30%ほどを占めていましたが直近では5%程度に落ち込んだのです。
「イカの塩辛は作るのに人手が必要なうえ、今は原料が手に入りにくく、現状では生産が難しい面があります」
イカの塩辛の売上減少分を埋めるためには、メカブ製品の販売を伸ばす必要がありました。
「メカブ製品は機械化が進んでいるので少人数で作れます。解凍からパック詰めに至るまで異物チェック以外はほぼ機械で完結するので、人の手に触れることもありません」
しかし、メカブ製品も生産能力の限界に悩まされていました。取引先から特売の企画や新商品の共同開発などを提案されても、断らざるを得ない状況だったといいます。
限られた人員で生産量を増やすため、昆野さんは機械に着目します。スピードと充填精度を高められれば、取引先の要望にも応えられると考えたのです。
そこで販路回復取組支援事業の助成金を活用し、メカブの充填から包装までのライン一式分の機械(充填機、段積装置、連続式包装機、X線検査装置、金検付き重量チェッカー)を導入しました。
「生産スピードは3割以上アップし、充填精度が上がりました。これまではメカブの量目が規定より多めに充填されていたのですが、機器の導入により適正化されたことで、歩留まりが良くなりました。また、電気代が高騰している中で、省エネ設計されているのも助かります」
取引先からの要望にも応えられるようになりましたが、昆野さんは売上以外に収益性も大切だといいます。
「人員も最盛期の3分の1ほどに減っているので、原料をたくさん買っても生産能力には限界があります。量を増やすことよりも、最初に立てた目標をきちんとクリアしていくことを重視しています」
震災では人的被害のなかったカネカシーフーズですが、その日、亡くなった方がいます。同社創業者の昆野武さんです。
「父は震災とは関係なく、同じ日に亡くなりました。2日前にはもう厳しい状況だったので覚悟はしていました。亡くなった病院も大変な状況だったので、早く引き取ってほしいと言われ、その日の晩に父をベニヤ板に乗せて運びました。葬儀屋さんに電話をして棺桶を持ってきてもらって、なんとか葬式の形で送り出しました」
昆野さんはこれまで、カネカシーフーズでは自分のやりたいようにやってきたといいます。2008年に社長に就任したときも、父の武さんからは「特に言われたことはない」というほど、同じ社長でもそれぞれが独立した経営者として手腕を発揮してきました。
その中で、2代にわたって大切にしてきた「活きてる味」。昆野さんのこれからの仕事も、すべてはそこが起点となります。
「うちには珍味、魚卵、海藻と3分野の加工技術があります。そのノウハウを生かして、いずれは道の駅で売れるような常温品も開発したいですね。メカブに何かを足して、どれがおいしいかを試してみて、ひと手間加えた独自の商品を作っていきたい」
包装の工夫で商品を広めることも考えています。現在は個包装で使いきりサイズの冷凍メカブを開発中で、すでに試験販売を始めています。
「家庭用の冷凍庫でも保存できるので、そばや味噌汁、納豆に何か加えたいなと思った時にすぐに使えます。要冷蔵の『朝飯めかぶ』を買う人とは客層も異なるので、ターゲットがバッティングすることもありません。ホテルや飲食店など、新しい販売ルートも開拓できそうです」
社長になる前から、なってからも、商品開発と販路開拓をこなす昆野さん。そのバイタリティはどのように培われたのでしょうか。
「中学時代には野球の大会で優勝したこともありますし、大学時代に始めたテニスは上級者にも教えられるほど真剣に取り組みました。何ごとも『やるからにはとことんやる』という性格だからかもしれません。ただし仕事ではやみくもにやるのではなく、データを見ながら重点箇所を見極めるようにしています。あとは従業員に『これやって』と、私は言うだけ(笑)。原価計算なども得意な従業員がやってくれるおかげで在庫ロスがほとんどありませんし、少ない人数でも個々の能力を活かす方法を考えたいですね」
これからも「自分たちが何でも最初にやりたい、ないものを作りたい」という昆野さん。常識にとらわれない発想、やり方で、「活きてる味」を追求し続けます。
株式会社カネカシーフーズ
〒988-0103 宮城県気仙沼市赤岩港13-2自社製品:朝飯めかぶ、海のとろろアカモク入り、プッチンコッ子ほか ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。