「最初は消防団が『4メートル!』と言って回っていた。その時は正直、何を言ってるんだ、と思って聞き流していました。でもそのうち『7メートル!』『10メートル!』となって、自分たちも逃げないわけにはいかなくなりました」(マル六佐藤水産社長佐藤喜成さん、以下「」内同)
相馬港近くのマル六佐藤水産(福島県相馬市)の工場には、津波が来る直前まで、社長の佐藤喜成さんと奥さん、従業員2人が残っていました。大きな地震の後、従業員らには帰宅を指示したものの、まさか大きな津波が来るとは思っていなかったのです。消防団の呼びかけにあわてて、佐藤さんたちは何も持たずに近くの山へ逃げました。
「津波で目の前に人が流されてきたので、木のツルを使って3人ほど引き上げました。この辺りは津波の被害が大きく、うちの工場も大型の自動釜以外はすべて流されました」
少し高い場所にあるマル六佐藤水産の工場でも、4メートル以上が浸水しました。その夜、津波が引いてからは家族全員が集まり、今後のことが話し合われました。
「地元で働いていた息子が『原発は爆発する』と言うので、家族で福島から離れることにしました。山形、新潟、神戸と親戚などを頼って移動し、長崎を目指しました。当時は長崎にタコの工場を持っていたので、そこに行けば何とかなるだろうと思いました」
しかし佐藤さんは、地元の買受人組合の組合長という立場でもあり、相馬に戻らなければなりませんでした。今後も仕事を続けるかどうか、組合の中で意思確認をしたところ、続ける意思を示したのは11社中2社。震災から2年後、佐藤さんは相馬で仕事を再開しましたが、15人ほどいた従業員はそこにはいませんでした。
「男性従業員はみんな退職しました。彼らも生活があるので、こちらの都合で再開するまで待ってほしいとも言えない。最初は一人でしたが、組合の仲間と協働して、タコ、ツブ貝、コウナゴの加工から始めました」
マル六佐藤水産の創業は1950年(昭和25年)。屋号の「マル六」は、創業者である佐藤さんの祖父・六郎さんの代から使っているものです。
「屋号の由来は祖父の名前だと思うんですけど、父(現会長の環(たまき)さん)に由来を聞いても違うという。それ以外、思い浮かばないんですが(笑)。父は89歳になりますが、どこも悪いところがなく、『来るな』と言っても市場に来るくらいに元気です」
主に鮮魚と、コウナゴ・シラスなどの加工品を扱う同社。佐藤さんが社長になる25年前までは鮮魚が中心でしたが、その後は徐々に加工にシフトし、現在は全体の7割ほどを加工品が占めています。
「コウナゴは父が社長を務めていた頃から扱っています。自動釜を導入したのも、この辺りではうちが一番早かったんです。今年はコウナゴが全国的に不漁だった中、相馬では震災前でもないほどの好漁でした。漁獲量が少ないと値段も高騰するので、その分今年は良かったです」
コウナゴ、シラスを加工したちりめんの佃煮は、自社ブランド「まるろくの釜炊き」としても販売。簡単料理レシピなどを作り、販売促進にも力を入れています。
その他にはタコも同社では長い歴史があります。前述の通り、30年以上も前から遠く離れた長崎にもタコの加工場を構えていました。
「長崎では、私が30歳の時から32年間タコの加工をやりました。毎年4月から8月は長崎へ行っていましたが、水揚げ量の低下のほか現地での事情もあって、長崎の加工場は最近やめました。でも今も相馬ではタコを続けています。原料高の傾向はありますが、この辺りでもヤナギダコやミズダコが揚がるので、酢だこ、煮だこを作っています」
昨今の原料不足、人手不足に対応して販路拡大へとつなげるため、佐藤水産では販路回復取組支援事業の助成金を活用して風力選別機を導入しました。
コウナゴやシラスといった小さな魚の加工品には羽毛などの小さな不純物が混入しやすく、それを人間が目視だけで取り除くのには限界があります。風力選別機は小さい不純物を取れるように、下から風を吹き上げて、上から不純物を吸い上げる機械です。
「大きい不純物は今も目視で対応していますが、小さいものは機械で取れるようになったので作業がだいぶ楽になりました」
人手不足の中、これから従業員が高齢化していくことを考えれば、作業負担の軽減も重要な課題。風力選別機は安全な製品づくりと、従業員の負担軽減の両面に寄与しているようです。
原発事故の影響が大きい福島県の漁業は、安全が確認された魚種から段階的に出荷制限が解除されています。また2018年7月には、佐藤水産の工場からすぐ近くにある相馬原釜海水浴場が、震災後初めて海開きをしました。
こうして復興前の状況を取り戻しつつある福島県ですが、風評被害は今なお続いています。水産加工業者の経営においても、風評被害が最大のネックとなっています。
「今はまだ、福島の魚は売れにくく、当社の売り上げも震災前の半分ほどしかありません。風評被害はしばらく続く問題ですが、まずは震災前の水準まで売り上げを戻すことを第一に考えています」
そのためにはコウナゴ、シラスをメインに、加工の割合を高めていく必要がありますが、福島県の漁船は試験操業中のため、水揚げが少ない状況が続いています。
「加工の立場とすれば、もうちょっと水揚げを増やしてもらいたいところです。今年はコウナゴが好漁でしたが、他の魚種もある程度の水揚げがないと、原料価格が上がって加工も難しくなってしまう。震災前に近い数量を水揚げしてもらえれば、加工業者もある程度は何とかやっていけるので、お願いはしていきたいと思っています」
長年培ってきた加工技術には自信がある。佐藤さんは、地元の魚市場に以前のような活況が戻ってくる日を待ち望んでいます。
株式会社マル六佐藤水産
〒976-0022福島県相馬市尾浜二合田88 自社製品:コウナゴ・シラスの佃煮、煮ダコ、各種鮮魚
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。