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企業紹介第84回福島県いちまる水産有限会社

県外から目指す、ふるさと相馬での「3度目の再スタート」

社名の由来は、創業者の今野里茂さんが漁師時代に乗っていた船の名前。福島県相馬市の水産加工会社「いちまる」は、現在は宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区にある水産加工団地の一角で工場を営んでいます。2代目社長の今野泰一(よしかつ)さんは、同社の沿革を次のように説明します。

いちまる水産2代目社長の今野泰一さん
いちまる水産2代目社長の今野泰一さん

「父は船から降りた当初、鮮魚の仕事をしていました。水産加工の仕事を始めたのは、私が小学生頃のことです。コウナゴの天日干しから始めて、現在はシラスやサケ、タコなども加工しています」(今野泰一さん、以下「」内同)

現在、里茂さんはいちまるの経営を引退していますが、水揚げが盛んな時期になると漁師の血が騒ぐのか、「魚に触りたい」と言って、孫たちと一緒に暮らしている石川県金沢市から東北に戻ってくるのだそうです。

なぜ、相馬市のいちまるが隣県の水産加工団地に工場を構えているのか。そしてなぜ、今野さんの家族が遠く離れた日本海側の石川県に住んでいるのか。それには複雑な事情があります。

「当社の本社があった相馬市の磯辺地区は、震災の津波により高台以外は壊滅的ともいえる被害を受けました。市内2カ所の工場も全壊し、6キロ先まで冷凍コンテナが流されました。工場だけでなく自宅も失い、私たち家族は行くところがありませんでした。そこに原発事故も重なって、再建の見通しも立てられない。そんな時に、石川県金沢市でお世話になっていた方から、『うちの工場を使ったら?』とお話をいただき、一家で一時的に移住することにしました」

今野さんは18歳から20歳の間、金沢市で修業をしていたそうです。その後、相馬に戻ってからも、金沢の業者とは仕事を通じて関係が続いていました。

相馬から金沢へ、その後閖上に移設されたドラム式のタコもみ機
相馬から金沢へ、その後閖上に移設されたドラム式のタコもみ機

「震災当時、当社にはパートを含めて30人ほどの従業員がいました。私が金沢で仕事を再開するというと、5人が付いてきてくれました。タコを茹でる釜とドラム式のタコもみ機も被災しましたが、修理をすれば使えそうだったので金沢へ持っていきました。幸い金沢は工業が発達している地域なので、部品はすぐに揃って修理ができました。いろいろな方からの支援により、2011年6月には金沢で仕事を再開することができました」

アクセス至便の閖上新工場から2度目の再出発

相馬市から北へ45キロ。仙台平野の海寄りに位置する閖上地区は、近くに高台や高い建物が少なかったこともあり、東日本大震災の津波では700人以上が犠牲となりました。現在、閖上地区には新しい住宅も建ち始めていますが、至るところで工事が続いています。

閖上地区につくられた慰霊碑。高さは地区を襲った津波と同じ8.4メートル
閖上地区につくられた慰霊碑。高さは地区を襲った津波と同じ8.4メートル

今野さんが閖上地区の加工団地に進出を打診されたのは2014年夏のこと。金沢で仕事は続けていたものの、以前ほどの規模には遠く及ばず、子供たちも見知らぬ土地での生活に慣れるまで時間がかかっていたといいます。いつか相馬に戻ろうと考えていた今野さんは、相馬に近い閖上に工場を建てることを決意しました。

「閖上の魚市場に近いだけでなく、高速道路、飛行場、新幹線停車駅にもアクセスしやすい。ビジネスをするうえでは好立地です。閖上と相馬では水揚げされる魚種も異なるので、両方の魚を使えるメリットも活かせます」

2016年11月、いちまる水産は震災後、閖上地区で2度目の再スタートを切りました。震災前も震災後も、扱っている魚種は基本的に同じ。しかし加工技術や作業効率については、これまでと同じわけにはいかない事情がありました。

少人数でも品質を維持するために色彩選別機などを導入

いちまるの現在の大きな課題は、他社と同様、労働力不足です。募集しても人が集まらない状況の中、少人数でも品質を落とさないようにするため、そしてより加工度を高めるため、今野さんは販路回復取組支援事業の助成金を活用して色彩選別機、フードスライサー、サバの骨抜き機を導入しました。

色彩選別機は、いちまるの主力であるコウナゴ、シラスの加工品の品質をより高めるための機械。以前は風力選別機と目視で不純物を除去していましたが、色彩選別機の導入でより精度の高い異物除去が可能になりました。コウナゴやシラスの加工品には、小さなエビや小魚などが混ざることがありますが、他の魚が混ざっていると市場で売れる単価が下がってしまいます。高度な選別をすることで、単価アップにつながるのです。

高速で正確に異物を除去する色彩選別機
高速で正確に異物を除去する色彩選別機
選別後に箱詰めされるシラス干し
選別後に箱詰めされるシラス干し

フードスライサーはタコを2ミリほどにスライスする機械。いちまるではタコを刺身用にカットして出荷しています。タコは今野さんが社長になってから扱い始めた、思い入れの強い魚種の一つ。今後は酢ダコのほか、「噛む力が弱くなったけどタコを食べたい」という高齢者に声に応えて柔らか煮をつくるなど、多様な展開を考えているようです。
サバの骨抜き機は骨抜き作業の効率を高める機械ですが、今年は水揚げされているサバが小さく、使用する機会が多くなかったようです。しかし骨抜きサバ自体の注文はあり、サバの大きささえ戻ればこの機械の出番がやって来ます。

タコを薄くスライスするフードスライサーは2台導入
タコを薄くスライスするフードスライサーは2台導入
サバの骨抜き機を使うには、大型サイズのサバが必要だという
サバの骨抜き機を使うには、大型サイズのサバが必要だという

10 年以内に実現させたい相馬・閖上の2 工場体制

震災以降、相馬市にある本社跡地はさら地のままで、現在は資材置き場として貸しているそうですが、今野さんはこの土地を売るつもりはないといいます。

「原発事故の風評被害はすぐになくなることはないと思いますが、なくなればすぐにでも相馬で再開したいという気持ちです。10年以内にまたに本社工場を建てたいという目標はありますが、まずは閖上で足もとを固めておきたい」

それまでにやるべきことは、震災前より減少した売上げを元に回復させておくこと。業務用が中心となっている現在の加工業務において、どれだけ自社製品を増やしていけるかが鍵だ、と今野さんはいいます。

「働く主婦が増えているので、レトルト製品など調理が簡単な製品をつくりたいと考えています。シラスご飯のもとやタコ飯のもと、そういったものなら当社のノウハウも活かせます」

現在、15人ほどいる従業員のうち、7人が相馬から閖上工場に通勤しています。将来的には相馬と閖上との2工場体制というプランもあるそうです。

「子供の高校入学に合わせて、石川に残っている両親と子供がもうすぐこちらに戻ってくるんです。それまでには会社を軌道に乗せておきたいですね」

いちまる水産有限会社

(本社)〒979-2501 福島県相馬市磯部字大洲17
(名取支社)〒981-1213 宮城県名取市閖上4-177-1
自社製品:コウナゴ、シラス、サケ、タコなどの加工品

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。