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企業紹介第78回福島県中澤水産有限会社

アナゴ加工機で5倍速。
常磐モノを信じて待つ「風評被害がなくなる日」

日本百景の一つに数えられる福島県相馬市の名勝、松川浦のほとりに工場を構える中澤水産。今年から、ようやくコウナゴ、シラスの天日干しを再開するそうです。

「うちは震災以前、前浜で獲れるコウナゴやシラスを天日干しにしていました。原発事故以降は自主規制していて乾燥機で干していましたが、放射線検査を3回行った結果、すべて問題がなかったので、今年から天日干しを再開することにしました」
窓を開けると松川浦から心地よい風が吹き抜ける事務所でそう答えるのは、中澤水産専務取締役の中澤正英さん(以下「」内同)。同社が設立された昭和50年頃、中澤さんは中学生でしたが、小魚の天日干しはその頃から行われていた基幹商品です。

大学卒業後、中澤水産で働きだして30 年ほどになる中澤正英さん
大学卒業後、中澤水産で働きだして30年ほどになる
中澤正英さん
松川浦を望むこの場所で天日干しが行われる
松川浦を望むこの場所で天日干しが行われる

中澤水産を創業した中澤さんの祖父、正文さんは、もともと観光バスの運転手でした。運転手を辞めて勤め先の東京から地元に戻り、この会社を立ち上げたのですが、当初は加工の仕事をしておらず、市場で仕入れた魚を持って電車で仙台まで売りに出掛けていたそうです。

「祖父の後を、父(中澤正邦社長)が会社を引き継ぎました。父の弟が東京の築地で働いていたこともあって、トラックにヒラメやカレイ、アイナメなどのいわゆる高級魚を積んで築地まで運ぶようになりました。
当時はまだ高速道路が完成していなかったので、片道8時間もかかっていましたけどね」

交通の発達により事業を広げてきた中澤水産ですが、東日本大震災以降は福島第一原発事故の影響に悩まされることになります。

試験操業で魚が激減、1社では仕事にならなかった震災後

東日本大震災で高さ9.3 m以上の津波が観測された相馬市の沿岸部は、大きな被害に見舞われました。中澤水産の工場も、津波が押し寄せて被災しました。

「津波は私たちの工場の前を横切る形で内陸のほうに流れていったので、浸水高は周辺地域ほど高くはならず、人間の背丈と同じくらいの高さでした。それでも木造の建物は耐えられず、工場に隣接していた父の自宅も流されてしまいました。会社としての被害は、地盤沈下、建物へのヒビ、機材の故障などがあったほか、水槽に入れていた松葉ガニが全部海に流されてしまいました」

がれきの処理は一週間で終わりましたが、原発事故の影響で福島県内での漁業が中止となり、原料を確保できなくなったため、中澤水産も事業を停止せざるを得ない状況に陥りました。そのため従業員を解雇するほかなく、中澤さん自身も千葉県の関連会社に移って働くことを余儀なくされました。その後、福島県沖では魚種を限定しての試験操業が始まり、中澤さんも一年で相馬市に戻ってきましたが、水揚げ量が少なく仕事にはなりませんでした。

「原料も道具もないので、最初は複数の企業と協力して、仲買組合として製品を作ることになりました」

再開と呼ぶにはほど遠いこの状況を打開すべく、中澤水産はこれまで扱ったことのなかったアナゴの加工に着手することにしました。

アナゴの加工機械により処理スピードが毎時100尾から500尾に

しかしアナゴを開く加工は他の魚種よりも難しく、高い技術を要します。そのため加工に時間がかかるだけでなく、失敗が多く歩留まりが悪くなってしまう問題もありました。

このままでは生産効率が悪いことから、中澤さんは販路回復取組支援事業の助成金を活用し、アナゴの加工機械を導入することにしました。これがあれば、熟練の職人がいなくてもアナゴを加工できます。

「手作業でアナゴを開いていた時は、毎時100尾しか加工できませんでした。それがこの機械のおかげで、毎時500尾加工できるようになりました。内蔵を取って機械で開いた後は、真空パックし冷凍して寿司チェーンや居酒屋さんなどに出荷しています」

作業者(写真右)が機械にアナゴを投入すると、開いた状態にカットされて出てくる(写真はアナゴの加工機が導入された当時のもの)
作業者(写真右)が機械にアナゴを投入すると、開いた状態にカットされて出てくる(写真はアナゴの加工機が導入された当時のもの)
出荷のため箱詰めされたアナゴ開き
出荷のため箱詰めされたアナゴ開き

アナゴの加工機は、人手不足の対策になっています。従来はアナゴを包丁で開く作業に4人必要でしたが、現在は機械に投入する作業者1人だけで済んでいます。

しかし量産体制が整っても、原発事故の風評被害により、顧客からは今も敬遠されがちだといいます。

「関西地方のお客さまからも興味を持ってもらいましたが、福島ということが理由で商談になりませんでした。放射線量は基準値以下なのですが……。販売先に安心してもらえるように、漁協が発行する検査済証を一緒に付けて送るようにしています」

売り先を見つけてから、加工体制を整えていく

コウナゴやシラスなどの天日干しの再開は中澤水産にとって明るい材料ですが、だからといって新たなマーケティング活動を展開するつもりはないと、中澤さんは言います。

「震災前からのお付き合いのあるお客さんに、『今年から始めます』というアナウンスをするだけです。再開するといっても、震災前の5分の1程度の規模でしかできませんから。徐々に増やそうとは思いますが、今はまだ増やせません」

それは道具がまだ揃っていないということもありますが、やはり風評被害への懸念が理由としては大きいようです。

「津波のために流された道具をまた買い揃えて製品を作っても、売り先がなければ宝の持ち腐れになってしまいます。うちの製品を買ってくれるというお客さまを見つけて、徐々に体制を整えていけたらなと思います」

道の駅「そうま」内の中澤水産の物販コーナー
道の駅「そうま」内の中澤水産の物販コーナー

業務用以外では、道の駅「そうま」で物販コーナーを持っている中澤水産。今後は、スーパーなどへの出荷を目指し、アナゴ製品の輸出も視野に入れているようです。

「昔から常磐モノは味も鮮度もいいと言われており、今も、当社が納めている鮮魚は脂が乗っていておいしいと評判です。風評被害がなくなれば、あとは数量をこなしていくだけ。そんなに先の話ではないと思っています」

中澤水産有限会社

〒976-0022 福島県相馬市尾浜字平前49
自社製品:コウナゴ・シラスの天日干し製品、ボイルダコ、アナゴ、ズワイガニほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。