一説によると、その地名の由来は「近くの港にサメが揚がっていたから」なのだとか。
青森県八戸市鮫町の水産加工会社・武輪水産は、1948(昭和23年)に創業したこの地域の老舗企業。現社長・武輪俊彦さんの父、武輪武一さんが、サメを原料に魚粕を作ることから事業を始め、イカの加工、サバの加工へと広がっていきました。
同社の作業着にはローマ字のSを丸で囲った「Ⓢ」のマークが記されていますが、「武輪さんなのになぜSなのですか?」と訊くと、それは「清水さんのS」なのだと返ってきました。
「父はもともと京都の人間でした。八戸に来て商売を始める時に、住居や資金調達の面で清水さんという方にお世話になったので、商号が『Ⓢ』となっています。私たちは『マルエス』と言っていますが、八戸魚市場では今も『文化エス』と呼ばれています」(武輪さん)
当時の加工といえば干物が主流。ところが武輪水産は、魚油を取ってそれを調味料メーカーに販売するなど、他社とはちょっと違うことをしていました。周囲はそんな同社に「モダンな」印象を受けていたため、転じて「文化エス」となったのだそうです。市場の方がわざわざそのような呼び方にしたのは、八戸弁はイとエ、シとスの発音の区別が難しいことからでした。「マルエス」だと、他社の「マルイシ」さんと同じように聞こえてしまうのです。
他の被災地に比べれば津波被害の小さかった八戸市でも、海に近い場所では被災した工場が少なくありませんでした。当時3つ(現在4つ)の工場があった武輪水産では、第3工場の1階が浸水被害に遭い、加工場などを建て替える必要がありました。
武輪水産第3工場の被災状況(武輪水産提供)
第3工場が使えなくなった武輪水産で真っ先に問題となったのは、そこで働いていた従業員の雇用です。被災後の対応について、総務部長の前田啓夫さんに尋ねました。
「幸い本社工場と第2工場が無事で、電気の復旧した3月13日から稼働を再開していました。その2つの工場を夜間も動かせば第3工場の従業員たちの仕事も確保できるだろうということで、希望者を募って一時的に夜間に働いてもらうことにしました」(前田さん)
工場の稼働時間を延ばしたことで、第3工場の従業員の雇用は何とか守ることができました。しかし作るものに関して大きな問題がありました。第3工場で作っていたエビ製品の加工機材が浸水被害により使えなくなり、業態の大転換までも迫られていたのです。
「エビ加工は当時、当社の柱となる仕事の一つでしたが、事業そのものは他社から工場ごと譲り受けたもので歴史は長くありませんでした。震災を機にエビ事業をやめ、それに代わる加工品として当社が先代社長の時代から扱ってきたしめさばとイカの塩辛を軸に、多方面に製品を展開していくことにしました」(前田さん)
武輪水産にとってのベースはしめさば。2000年(平成12年)には冷凍しめさばの対米輸出に対応するHACCP(ハサップ)認定を取得するなど、独自の販売ルートを開拓してきました。そんなしめさばには、“エビなき震災後”の主力製品として大きな期待が寄せられました。 ところが、です。
「この2年ほど、沖で取れるサバが小型化してきました。これまでは1尾550グラムから600グラムのサバでしめさばを作っていましたが、今はそのサイズのサバを確保できない。350グラムくらいの小型のサバが主流です。400グラムを切ってくるとしめさばとしての加工は難しいため、小さいサバでどうやっていくか、ということが新たな課題になりました」(前田さん)
小型サバでも、脂のノリはいい。これをしめさばとは別の形に加工すれば、消費者のニーズに応えられるはず。そこで武輪水産が始めたのが、さばを筒切りにカットした加工品を作ることでした。同社は新商品の製造を始めるべく、水産加工業販路回復取組支援事業の助成金を活用し、カット加工を効率化するピースカット機、高品位の包装を可能にするトレーシーラー包装機ラインを導入しました。
導入機械で製造された武輪水産の新商品
機械の導入により、サバの水煮や味噌煮、トマト煮など、電子レンジ対応の個食パック製品が次々に誕生しました。営業部次長の坂本直樹さんによると、生産効率も向上したといいます。
「一日あたり3,550パックだった生産能力が、5,950パックに向上しました。省人効果と生産能力効果は確実にあったといえます」(坂本さん)機械化が進んで人の手がかかる作業は昔に比べて減っていますが、効率化が進んでも一番大切なのは味。そこへのこだわりは変わらないようです。「当初の製品づくりの基本は、『おいしくないといけない』ということ。素材の良さを引き立てるために添加物を抑えているので、その分日持ちは短くなりますが、味を最優先に考えています」(坂本さん)
小型サバの加工用に機械を導入した武輪水産ですが、原料不足が直撃したために、機械の稼働率はまだそれほど高くない様子。そこで、サバに限定せずにこれらの機械を有効活用していきたいと、前出・社長の武輪俊彦さんは語ります。 「イカの水揚げ量、サバの大きさが戻ってくれば何とかやっていけますが、ないものねだりはできない。他の魚種を使った商品も開発して、機械の稼働率を上げていこうと考えています。すでに、イワシを使った商品は作りました。今後は季節限定になりますが、アカウオやカレイなどを使った新商品の開発も検討しています」
先代の父から「和を大切に」と言われてきたという武輪さん。毎年夏に「盛漁期決起大会」を実施して従業員同士の親睦を深めたり、「八戸うみねこマラソン」に従業員とともに参加したり、「人の和」を大切にしてきました。イカとサバ、八戸を代表する魚が思うように手に入らないこの状況を乗り切るのは簡単ではありませんが、団結力をさらに強めていきます。
武輪水産株式会社
〒031-0841 青森県八戸市大字佐目町字下手代森32-1 自社製品:しめさば、いか加工品、塩辛・珍味ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。