茨城県の北端に位置する大津港。そこから車で数分の高台に、しらす・小女子の釜揚げを中心に、あんこう、メヒカリ、カニなど様々な水産物の加工を営む株式会社カネトはあります。
現在は二代目の社長・鈴木淳二さんと、息子の裕介さんを中心に経営。周辺では後継者がおらず廃業していくところも目立つ中、幼い頃から魚に親しみ、築地で仲買人もしていた裕介さんが家業を継いだのは自然な流れでした。
しかしその道のりは順風満帆とは言えませんでした。裕介さんがカネトに入社して、わずか2~3年で震災が襲ったのです。工場は高台にあったため津波こそまぬがれましたが、揺れはひどく、工場の冷蔵庫には大きなヒビが入りました。また大津港近くにあった裕介さんの住まいは津波にも見舞われました。
「幸いにも人的な被害はありませんでしたが、自分の家は傾いて住めなくなりましたし、隣の家は胸まで波が来るような状況でした。テレビで見るような感じの光景が本当に目の前に広がっていて、もう何と言っていいか…。震災当時はとにかく生活のことで精いっぱいで、仕事のことなど何も考えられない状況でした」(鈴木裕介さん・以下「 」内同)
その後、大津港では操業規制がかかり、漁が再開したと言える状態になったのは震災から2年がたった頃。それまでは生産をするだけの水揚げがなかったため、大津港水産加工協同組合の臨時職員として働き、従業員の方にも自宅待機してもらっていたそうです。
「家業を継いだものの、まともに仕事を覚えないうちに震災が来て。焦っても大津港から船が出ないのでは、生産のしようがない。浜にあった組合保有の冷蔵庫の掃除などその時出来ることをしながら、皆でずっと船が出るのを待っていました。震災後1~2年は何も出来なかったんじゃないかな」
漁が再開し、生産自体が可能になってからも苦難は続きました。 風評被害によって売上が大きく落ち込んだのです。裕介さんは淡々と自然体で語ってくれましたが、現在でもしらすの価格は全盛期の8割程度にとどまっていると言います。 また、この土地ならではの苦労もあったようです。
「茨城はいわゆる被災地としては、あまり当事者ということが認知されていないというか・・・。あれは東北の地震でしょう?って、言われてしまうことも多いんですよね。でも市場での風評被害だけはものすごく浸透していて・・・。当時は何とも言えず、寂しかった。最近は、「うちは、そんなこと気にしないで買うから」って言ってくれる人も増えましたけどね」
市場での評価は徐々に持ち直してはいるものの、今はまだ全盛期の規模には追い付いているとは言えません。そこで、カネトでは一念発起。平成 28 年度水産加工業等販路回復取組支援事業を利用して、かねてから検討していた2つの機器を導入しました。その1つ目が「しらす・小女子用」の釜茹で・異物除去を自動で行える煮沸釜セットです。今まで全て人力で行っていた作業が自動化されたため、1人あたりの作業時間は3時間から2時間に短縮。製品の品質もより高まり、毎日4~5tのしらすを加工する上で、大きな戦力となっています。
カネトの主力製品はしらす・小女子ですが、メヒカリ、タコ、カニ、あんこうなどの加工にも積極的に取り組んでいます。単一商材だけを扱う専門業者ではないカネトにとって「小回りが利く」ことは強み。その時々の水揚げにあわせ、柔軟に仕事を組み立てて行きます。
また信頼関係のある地元の漁港で直接魚を買い付けることこそ、様々な商品をリーズナブルな価格で提供できる秘訣。そのため買い付けには力が入ります。仕事の楽しさが一番味わえるのも「良い魚が買えた時」であると裕介さんは言います。
「例えばあんこうの底引き漁は7~8月の禁漁時期以外は、通年行われていますが、そのなかでも禁漁前の6月頃までが買い時なんです。9月頃だと肝が小さくなるし、常磐沖のあんこうは一大ブランドなので、秋冬は価格が高騰してしまう。6月頃は肝のサイズも冬に負けないくらい大きく品質も上々なのに、需要が少なく割安。こういった時期に原料の買い付けを行うことにより、お客さんにはいいものを安く提供できるというわけなんです」
以前からの主力商品であるしらすや小女子は社長の淳二さんの担当ですが、あんこう鍋キット、メヒカリやタコのからあげなど新しい商品を開発したり、販路を広げるのは裕介さんが中心となって行っています。
「あんこう鍋キットは「ふるさと納税」用の商品としても人気みたいで、最近では色々な展示会などから多く引き合いをいただいています。業務用でも小売りでも対応できる商品だし、今後も色々なところと組んで販路を広げられればと思っています」
粉をつけ揚げるだけの状態にしたメヒカリ、タコ。業務用(1㎏)、小売用(350g)ともに製造。
これらの新商品をより効率的に生産するため、カネトがもう1つ導入したのが「あんこう鍋の味噌用充填キット」です。秋冬のシーズン中はフル稼働となるそう。もともと3人で2時間かかっていた味噌を詰める作業ですが、この充填機の導入により、なんと1人が1時間作業するだけで同じ量を製造出来るようになり、大幅に生産力が向上しました。
「手作業でやっていた時は、味噌がべたつくので、1回ごとに振りおろしたり、既定の分量に合わせるため何度もやり直したりで、かなり時間がかかっていました。ホイップクリームの絞り袋を使うなど色々な方法を試したけれど、それほど効果がなくて。でもこの充填機だと、足で踏むだけで正確な分量を確実に入れられるし両手も作業に使えるので、ものすごく省力化されています」
カネトの次期三代目で「専務」などと呼ばれることも多いという裕介さんですが、いただいた名刺には名前のみ。「肩書なんて、全然こだわっていなかった」と笑います。頼りになるのは肩書きより、地元ならではのつながりや、その時々の状況にあわせられる柔軟性。この軽やかさが、確実に販路を広げていっている理由なのかもしれません。
株式会社カネト
〒319-1702 茨城県北茨城市大津町2200 自社製品:しらす・小女子の釜揚げ、あんこう鍋キット ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。