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企業紹介第27回青森県株式会社中村漁業部

元漁師の誇りとともに――継承者は「うす味」にこだわる

青森県八戸市に工場を構える、中村漁業部。それは企業の部署名などではありません。「株式会社中村漁業部」という、れっきとした会社名なのです。

そして社名に隠されたもう一つの謎。八戸港から5キロ以上も離れた内陸にある同社は、聞けば漁業を行っているわけでもないというのに、なぜ「漁業」なのでしょうか。

中村漁業部の取締役営業部長、中村茂さんは同社の成り立ちを次のように解説します。

同社の歴史や製造秘話を語る中村漁業部の中村茂さん
同社の歴史や製造秘話を語る中村漁業部の中村茂さん

「当社はもともと漁船を経営する会社でした。社名に『漁業部』と付いているのはそのためです。
今から30年ほど前までは、現在社長を務めている私の父も船に乗っていました。しかし日ソ漁業交渉を受けて漁業は廃業せざるを得なくなり、その後は漁船経営と並行して行っていた珍味の製造に特化して会社を続けています」(中村茂さん、以下同)

中村漁業部の創業は1915年(大正4年)。中村さんの曾祖父が、鮮魚の卸商や出荷組合を営むことから始まりました。1941年からは漁船経営にも乗りだし、北海道の沖合でイカ釣りやサケ・マスのはえ縄漁業を行っていましたが、中村さんが話すように現在は加工部門だけを残して事業を行っています。

しかし海から陸に仕事場が移ってからも、中村漁業部の大切にする場所は海。製品にも「元漁師」のプライドが宿っているのです。

漁船経営時代に延縄漁業を行っていた日枝丸
漁船経営時代に延縄漁業を行っていた日枝丸

「近年、調味液をたっぷりと使った濃い味の輸入珍味が増えています。でもそれは、魚の味がほとんどしない、言ってみれば“おやつ”です。当社の珍味を手がけてきた元漁師たちは、前の工場長を筆頭に魚の味にうるさい人たちばかりで、それが素材の味を活かしたうす味の製品づくりにつながっています。原料選びがとても重要になるため、八戸魚市場で自分たちの目で見て、品質の良い原料だけを買い付けています」

八戸魚市場でのセリの様子
八戸魚市場でのセリの様子
製品作りは一次加工から最終加工に至るまで自社で行う
製品作りは一次加工から最終加工に至るまで自社で行う

製品作りは一次加工から最終加工に至るまで自社で行う

中村さんは、決して万人受けは狙っていないといいます。それよりも、魚が好きな人が求める上質なものを提供していきたい。その思いを全国の「うす味ファン」に届けるべく、百貨店やインターネット通販を中心に販売を展開しています。

「細部」に宿る元漁師たちのこだわり

珍味加工の基本工程はどの業者も同じではあるものの、温度管理の方法や焼き方などには違いがあります。中村漁業部にも、受け継がれる「虎の巻」があるのだそうです。

「珍味加工では、原料をさばく、ボイルする、味付けする、干す、焼く、ローラーでのす、という作業をしています。難しいのは焼き加減。焼きすぎるとパリパリになるし、焼きが足りないと残った水分がカビの原因になります。当社ではしっかりと焼きながらも、しっとり感を残す、絶妙な焼き加減で加工しています」

とりわけ加工が難しいのがタコ。製法はイカなどの珍味と同じですが、全く同じように作るとタコは食感が固くなる特性があります。柔らかい食感を実現するために、改良に改良を重ねること8年以上。長い歳月をかけて、中村さんも「他では真似できない」と自負する製品が出来上がったのです。

さらに同社のこだわりは塩にまで及びます。中村さんによると、6種類ほどの塩をブレンドして使用しているといいます。

「魚自体がミネラルを含んでいるからどの塩を使ってもあまり変わらないという人もいますが、実際には産地によって辛い塩もあれば甘い塩もあり、とても奥深い世界でもあります。『甘い塩』というと意外に思われるかもしれませんが、横並びで味を比べてみると違いがよくわかりますよ」

今は消費者の嗜好が甘口に寄っているようですが、甘くする場合にも『砂糖で甘くするか、塩で甘くするか』といった微妙なさじ加減が求められるのだそうです。

独自製法で柔らかい食感を実現した『たこロール』上から「八戸産真だこ」、「八戸産銀だこ」、「白造り」
独自製法で柔らかい食感を実現した『たこロール』
上から「八戸産真だこ」、「八戸産銀だこ」、「白造り」

パッケージのリニューアル効果に期待膨らませ

東日本大震災時、東京の百貨店で開かれていたイベントで販売営業中だったという中村さん。
新幹線が止まってしまったため、八戸の工場に帰ってきたのは一週間後のこと。それまでは本社と連絡も取れませんでした。

「津波の影響はありませんでしたが、揺れの影響で工場の床や壁に被害がありました。ガソリンが手に入らないので、従業員たちもしばらくは工場に来ることができませんでした。しばらくは生産を停止して、その後は従業員と一緒にコンクリートを塗り直すなどして工場の補修作業をしました。後からわかる不具合も多く、補助金を申請しようにも募集期間が終了していて自費で直すしかありませんでした」

震災後、風評被害や魚価の高騰などが珍味の売り上げに大きな影響を与えました。鮭とばは唯一伸びているものの、「いか」「ひめたら」などの珍味は売り上げが大きく下がったといいます。

そこで中村漁業部は、復興支援事業の助成金を活用して、パッケージデザインをリニューアルすることにしました。素材で勝負する同社らしく、表はシンプルなデザイン。裏にはその珍味の製造にまつわるストーリーと魚の豆知識を、製品ごとに内容を変えて載せています。

「製品によっては何の魚か見分けがつきにくいので、パッケージの表に原料となる魚のイラストを入れたところ、問屋さんなどから『商品を見分けやすくなった』と喜ばれました。当社の商品を数種類並べて置いてくれる販売店も増えました」

パッケージデザインをリニューアルした中村漁業部の珍味
パッケージデザインをリニューアルした中村漁業部の珍味
パッケージの裏は読んで楽しめる内容に
パッケージの裏は読んで楽しめる内容に

現在は原料価格が高騰しているイカの珍味製造を停止しているものの、鮭とば、タラなどの定番品は変わらずに製造しています。

新たに始めるお菓子づくりにも漁師のこだわりを

中村さんには、前工場長への尊敬とあこがれがあります。

「やはり元漁師ということもあって、魚をさばいている姿がとてもかっこよかったんです。今はもう引退しましたが、素材の味を大事にする当社の製品づくりの基礎を作ってくれました。私は漁業の経験がありませんが、製品に込められている元漁師の誇りとこだわりは大事に受け継いでいきたいと思っています」

しかし、課題はいくつもあります。売り上げがまだ完全に戻っていない上に、原料となる魚の水揚げ自体が減ってきている。昨今の原料高を乗り越えるには、新しい挑戦も必要です。

「これまでは珍味にこだわってきましたが、これからはせんべいなどのお菓子作りも手掛けたいと思っています。現在はお菓子メーカーと連携しながら、ノウハウを勉強しているところです。ただ、お菓子といっても当社のこだわりは変わりません。元漁師の会社らしく、素材の味を楽しんでもらえる製品を作り続けていくつもりです」

お菓子も珍味もうす味で。しかしその情熱は誰よりも濃いのでした。

株式会社中村漁業部

株式会社中村漁業部

〒039-1101 青森県八戸市尻内町前河原7
自社製品:珍味製品
(真いかするめさき、たこロール、鮭とば、ひめたらなど)

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。