東日本大震災で多くの人が見た津波の色は、「黒色」だったはずです。しかし一部の地域ではそうではありませんでした。 本州最東端、岩手県宮古市の重茂(おもえ)半島に押し寄せた津波は「鮮やかな青色」だったのです。
なぜなのか。 重茂漁業協同組合(JFおもえ、以下「重茂漁協」)業務部次長、後川良二さんは次のような見解を述べます。
「重茂は昔からワカメやコンブ、アワビなどの漁が盛んな地域です。そうした海産物の生育に欠かせないきれいな海を、地域の人々が長年かけて守ってきた歴史があります。重茂では海を汚す合成洗剤ではなく、石鹸を使うことが奨励されてきました。また、森から海へは海産物の栄養源となるミネラルを含んだ水が運ばれてくるので、原生林の伐採もしません。漁協が山ごと買って、天然資源の保護に努めています」 (後川良二さん、以下「」内同)
東日本大震災の津波の色が黒かったのは、海底の堆積物が津波のエネルギーによって巻き上げられたからだといわれます。重茂に押し寄せた津波はその海が海底まで含めてきれいだということを証明し、結果的に重茂ブランドの価値も高めたのですが、同時に大きな被害をもたらしました。重茂地域では、死者、行方不明者が50名に上り、漁師の家も約100戸が流されました。人口約1600人(当時)ほどの地域としては甚大な被害だったといえます。
この日取材した重茂漁協の「海洋冷食工場」は内陸にあるため、津波の直接的被害は免れました。しかし漁協が沿岸部に持っていた冷蔵庫やあわび種苗センターや加工場、サケのふ化場などの施設は全壊。また、組合員たちも船や家を失うなどし、重茂の漁業関係者は生活の基盤を奪われてしまいました。
「漁協に所属する漁船814隻のうち798隻が流されました。漁港施設や養殖施設も壊滅状態となりましたが、震災翌日には対策本部を設置して、まずは生産者の皆さんの生活基盤を元に戻すことを最優先に動きました。震災翌週には新しい船を600隻注文しましたが、納品まで時間がかかるので、中古船を急いで買い集めて1か月後に何とか70隻を調達しました」
5月には天然ワカメ漁が、7月には定置網漁も再開。現在は、あわび種苗センターやふ化場なども復旧しています。しかし人材面での課題が残されています。
「この地域に限った話ではありませんが、高齢化して引退する生産者も増えています。現役でも後継者不在という人が多い。若い人は大学に進学した後、なかなか重茂には戻ってきませんが、戻ってきて働いてもらいたいですね。昔は漁業というときついイメージがあったかもしれませんが、今はハイテク化が進んでどんどんスマートになっています。若い人が減ってしまうと地域が活性化しないので、そういったことも伝えていかなければならないと考えています」
海では魚がたくさん釣れるし、山ではマツタケもとれる。重茂の魅力を語る後川さんは、「移住してくる人を歓迎する体制も必要かもしれない」と語ります。
震災前、126人いた海洋冷食工場の従業員は50人になってしまいましたが、復興支援事業の助成を受けて新機材を導入したことにより、生産効率が劇的に向上したといいます。
「これまでメカブの製造ラインでは、グラム数計測、帯掛け、段積みなど一連の作業をすべて人の手で行っていましたが、加圧式ピストン充填装置や自動帯掛け装置、自動段積み供給装置などを導入して全自動化しました。その結果、従来25人がかりで1日1万パックしか製造できなかったのが、今は4~5人で1日3万パック製造できるようになりました。作業人数が減った分、手が空いた人たちにはワカメの芯取りなど別の作業をしてもらっています」
5分の1の人員で生産力は3倍増し。実質15倍の効率化につながったことになります。
「省人化のために導入した各種機器が一体となり効果を発揮している様子」
また漁協では効率を上げるだけではなく、製品の付加価値を高めることにも力を入れています。その一つが重茂ブランドの早採りワカメ「春いちばん」です。
「ワカメの収穫は通常3月から4月にかけて行われますが、早採りワカメの収穫は1月から2月に行います。この季節に採れるワカメはまだ成長段階ですが、春先に立派なワカメに育てるための“間引き”としてもこの早採りワカメの収穫が必要なのです。早採りワカメは通常なら漁師しか食べられないような鮮度で収穫日に出荷しているほか、湯通しして塩蔵した『プレミアム春いちばん』としても販売しています」
震災後の復興に向けて、後川さんが中心となって行っている活動があります。それは、重茂の特産物を作った商品開発です。
「重茂を元気にするために、2013年から毎年1~2商品を新たに出し続けています。これまで『味付けさば缶』、『こんぶちっぷす』、『くきわかめ』といった商品を作ってきましたが、2016年は思い切って『あわびまるごと黄金重茂カレー』というものを作りました。一缶3000円とカレーにしては高額ですが、一つ2000円の重茂産の高級アワビがまるごと入っているんです。重茂産メカブも入っています」
後川さんがアワビのカレーを思いついたのは、祖父との思い出があったからでした。天然アワビの水揚げ日本一を誇る重茂で、後川さんの祖父はアワビとりの名人でもありました。1日200キロ以上のアワビをとったこともあるとか。
「昔は今よりも肉が手に入りにくく、カレーには祖父がとってきたアワビが入っていました。そのカレーがとてもおいしかったのを覚えていて、商品企画にしてみました」
復興企画のため、価格設定は「損をしないギリギリのライン」とのこと。 3000 円と高額ではあるもののお得感があります。ある人気女性アイドルグループがラジオ番組で紹介したところ、注文が殺到したこともあったとか。保存期間も3年と長いため、災害時用の非常食にもなります。
「次は何を作ろうか」と復興商品のアイデアを考える後川さんは最後に、重茂地域に根付く「天恵戒驕(てんけいかいきょう)」という言葉を教えてくれました。
「重茂漁協の初代組合長、西舘善平がのこした言葉で『天の恵みに感謝し、驕ることを戒め不慮に備えよ』という意味です。この重茂は天然資源の恵みがとても豊富な地域ですが、それが有限であることを忘れてしまうといずれ資源は枯渇します。私たち重茂の人々が自然と共生しながら生きていくためには、この言葉を未来にも受け継いでいく必要があります」
「黒い津波」の恐怖から私たちは防災の教訓を得ましたが、重茂に押し寄せた「青い津波」から学ぶこともたくさんありそうです。
重茂漁業協同組合・海洋冷食工場
重茂漁業協同組合(JFおもえ)
〒027-0111 岩手県宮古市重茂1-37-1(本所)〒027-0112 岩手県宮古市重茂7-31(海洋冷食工場) 自社製品:わかめ、こんぶ、うに、あわび他
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。