岩手県や北海道などに甚大な被害をもたらした台風10号。観測史上初めて、東北地方の太平洋側に台風が上陸した2016年8月30日の夕、岩手県宮古市の「丸友しまか」専務の島香友一さんは、腰まで水に浸かりながら川沿いに建つ工場を目指していました。
「私と工場長が工場に向かっていましたが、川が増水して危険なうえ、辺りが真っ暗になってしまってたどり着けませんでした。これは大変なことになると思って、とりあえず電気屋さんと設備屋さんに電話をかけて、『うちはすぐに仕事を再開したいので明日来てください』とお願いしました」(島香友一さん、以下「」内同)
翌日、島香さんが工場へと足を運ぶと、辺り一面が泥だらけになっていました。ドアは水圧で外れ、工場の機材も泥水に浸かっていました。宮古市を流れる閉伊川(へいがわ)へと流れる小さな川が氾濫してしまったのです。
「泥まみれの冷蔵庫を開けたとき、『これからどうなるんだろう』と途方に暮れました。でもやるしかない。電気屋さん、設備屋さんもすぐに来てくれて、9月12日から正式に営業を再開することができました。本当はもっと早く再開したかったのですが、泥をかき出すだけでも想像以上に時間がかかりました」
再開したとはいえ、被害の大きさを考えると、明るい気持ちにはなれませんでした。水に浸かった機械はほとんど壊れてしまい、冷蔵庫の中にあった原料もすべて廃棄処分に。サクラマスという、春にしか獲れない高級魚を冷凍保存していたことも被害を拡大させました。
「2トン車、ワゴン車、自家用車、ここにあった車は全部ダメになりました。機材などの被害も含めると被害額は大きなものとなります。新聞で『台風被害の補助金が5割出る』という記事を見ましたが、この状況だと5割もらえてもかなり厳しいというのが本音です」
震災被害から立ち直ろうとしていた矢先の台風被害。苦難続きとなってしまった丸友しまかですが、現在は注文していた新しい機材も届き始め、徐々に態勢は整いつつあります。
丸友しまかは加工屋ではない――。
島香さんと父親である社長の島香尚さんが掲げるモットーです。しかし、工場では実際に魚の加工が行われています。どういうことでしょうか?
「うちは加工屋ではなく、魚屋。言い換えれば『加工ができる魚屋』ですね。魚屋として、納得した原料しか使っていないということです。市場で自分たちの目で見て、いいと思った魚にセリを入れて仕入れています。遠くの産地から決まった原料を取り寄せるのではなく、前浜でそのとき獲れたものにこだわっているので、作るものも週単位で変わります。秋シーズンは秋鮭、マダラ、サンマ、サバなどを切り身にして出荷しています」
前浜へのこだわりから生まれた製品もあります。その一つが、「冷凍殻付きカキ」。これまでは丸友しまかの工場でカキフライも作っていましたが、最近は生産者の高齢化により、むき身されたカキの流通量が少なくなったといいます。
「それでもうちは、宮古のカキでやっていきたい。そこで思いついたのが、殻付きのカキで売ってみてはどうかということです。始めてみると、飲食店からの注文がよく入るようになりました。カラから食べるのは手間がかかるけど、自分でむくのは楽しいと思いますよ。北海道のガンガン焼きのような食べ方も楽しんでもらいたいですね」
ただ、殻付きカキの欠点は、しっかりと洗浄しないと蒸したときに臭いが残るということ。当初、高圧洗浄機で洗浄していましたが、時間も手間もかかるため、復興支援事業の助成を受けてカキ洗浄機を導入しました。
コンベアーの上下から水が出てきて、チェーンがブラシ代わりとなってカキが洗浄されるという仕組みになっています。このコンベアーにカキを2回通すと高圧洗浄機を使うよりもきれいになって、蒸しても臭くならないということです。
「岩手では10月から5月までがカキの盛漁期です。中でも4月下旬~5月のカキが産卵前で栄養を蓄えているため、大きくておいしいんです。うちはこの時期のカキを使って冷凍カキを製造しています。冷凍することで旨味がさらに増しているので、ぜひ冷凍殻付きカキを皆さんにも食べてもらいたいですね」
東日本大震災の津波は閉伊川を遡上したものの、川幅があるためあふれることはありませんでした。しかし他の会社同様、丸友しまかも原発事故の風評被害に見舞われました。「しまかさん。これは震災前に作ったものですか? 震災後に作ったものですか?」と聞かれることもしばしば。注文をストップした取引先も少なくなかったといいます。
「宮古市の魚市場は復旧を急いだので1か月で再開しましたが、せっかく宮古で獲れた魚から製品を作っても風評被害で売れませんでした。私も全国各地を営業で回り、東京のみならず、高知県や島根県にも足を延ばしました。」
震災後、売り上げは3分の1にまで減りましたが、昨年ようやく6~7割まで回復したところ。売り上げをさらに回復させるために、新商品の開発も行っています。
「私はもともとIT業界に勤めていて、10年前に父の経営するこの会社で働き始めました。最初の頃は、市場のセリで『声が出てない』って後ろからよく叩かれていました(笑)。最近よく感じるのは、その頃と比べて、魚を料理する人、食べる人が減っているということです。魚を食べてもうために、その時々で皆さんが必要とする商品を提案していかないといけないと思います」
「子供でも手軽に食べられる魚のハンバーガーみたいなものはないか」というリクエストから誕生したのが、魚と野菜を炒めて自家製のパン生地で包んで揚げた、その名も「つつみ~ぎょ」。生地には小魚のオキアミが練り込まれていて、栄養もたっぷりです。
栄養たっぷりの人気商品「つつみ~ぎょ」
「火を使わずに、電子レンジで温めるだけで食べられます。魚介類販売業、冷凍・冷蔵業、惣菜製造業、魚肉練り製品製造業、菓子製造業の営業許可証。魚屋でこんなにいろいろな種類の営業許可証を持っているのはうちくらいじゃないかというくらい持っているので、何でも作れますよ」
つつみ~ぎょは、サケ味噌、さば味噌、トマトベースのイカ・ホタテの3種類で展開中。子供が一人で留守番をしているときでも食べられて、魚のカルシウムも一緒にとれる。そしておいしい。一石二鳥、三鳥の商品ですが、惜しむらくは大量生産ができないので購入できる店舗が限られているということ。ただし、個人でも連絡をすれば代引きで発送してくれるそうです。
2つの被災を乗り越えるべく東奔西走する島香さんは、会社を立て直す一方でこんな夢を持っています。
「ゆくゆくは幼稚園、小学校、中学校を回って、魚の食べ方、おいしさ、栄養などを教えて歩きたいですね。宮古市の給食には、骨があってはいけません。でも全国には、骨が入っていていい地域もある。たとえばサバなら、『ここを取れば食べやすいよ』と骨のある場所を教えるだけで、骨があっても面倒くさがらずに魚を食べる子供は増えると思います。魚を食べる人が減ったとはいえ、みんな寿司が好きなように魚が嫌いなわけじゃないので、何らかの形で食育にも貢献できたらと思います」
中学生の頃、「魚屋の息子なのに魚がさばけないのは恥ずかしい」と思い、調理実習前に母親から特訓を受けて何とか乗り切ったという島香さん。そんな少年時代を過ごしていたこともあってか、「魚のことを知ってもらいたい」という気持ちは人一倍あります。
その夢を実現するまでは商品開発や製造、販売などを通じて、「食育もできる魚屋さん」は、魚をより身近なものに変えていきます。
丸友しまか有限会社
〒027-0058 岩手県宮古市千徳第13地割32-15 自社製品:冷凍殻付きカキ、つつみ~ぎょ、サクラマスのへしこ、オキアミート ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。