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企業紹介第191回宮城県株式会社武田の笹かまぼこ

震災を機に生まれた笹かまぼこの缶詰アヒージョ。
地元作り手とのコラボで新たな可能性を見出す

宮城県塩釜市に本社と工場を構える「株式会社武田の笹かまぼこ」。創業以来80余年、船の上で加工された洋上すり身を用い、全商品石臼を使って丹念に練り上げるなど伝統製法にこだわった商品づくりを続けています。

創業は1935(昭和10)年、現在の代表取締役社長、武田武志さんの祖父・武田武五郎さんによって干物や塩辛などの製造を主に行い、その後かまぼこの製造販売を手掛けるようになりました。昭和50年代、東北自動車道の延伸にともなって団体のバス旅行が増え、立ち寄ったバス旅行会社に工場見学を依頼されたことを機にドライブイン事業を開始。その後1980(昭和55)年には、笹かまぼこ工場見学の機能を備えた本館を増築、1988(昭和63)年には、食事部門を開設するなど、ドライブイン事業を拡大させます。レストランでは、生マグロや三陸産のカキをはじめとした海鮮料理や牛タン、仙台牛など地元食材をいかした料理を提供。本社1階のフロアにある「おみやげ市場」では、自社製品のほか宮城県の特産品が並び、多くの観光客が訪れるなど、長きにわたり塩釜の製造・観光業を支えてきました。

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創業以来80余年にわたって伝統製法にこだわった笹かまぼこ作りを続けている

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本社本館フロアでは工場見学ができるほか、笹かまぼこの歴史などを紹介する資料や地元小学生をはじめ工場見学に訪れた人たちから贈られた感想や感謝をまとめた手紙が大切に展示されている

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「おみやげ市場」には県内特産物を多数取り揃え、自社製品と合わせて楽しんでほしいという地元の日本酒などを販売

「父と祖父は、地域に貢献したいという思いを強く持っていたようです。自分は3人兄弟の三男だったこともあって、子どもの頃も社会人になるときも、家業に入る考えはありませんでしたね」と話す武田さんは、学校を卒業後一般企業に就職、仙台でコピー機器の営業に7年間携わり、家業に入ったのは27歳のとき。当時営業部長を務めていた社員が脳梗塞で倒れ、「その方の穴をなんとか埋めないといけない」と思ってのことでした。

入社後は、旅行会社に自社を組み込んだ観光モデルコースを提案するなど、提案型の営業スタイルに注力し、企業での営業経験を活かした改革に取り組みます。

「当時の売上構成は、ドライブイン事業が9割を占めていたのですが、団体でのバス旅行は今後減っていくだろうと予想していたので、新しいプロダクトを考えなければと思っていました」

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株式会社武田の笹かまぼこ 代表取締役社長の武田 武士さん

避難所での体験を機に取り組んだ笹かまぼこ缶詰製品の開発

2011年3月、東日本大震災が起こります。塩釜も大きな揺れと津波に遭い、本社の1階は津波による被害で工場の機器は損壊、操業停止に追い込まれたものの堅牢な鉄筋コンクリートで造られていた建物は無事たったため、2階に地域の住民約60人が避難しました。行政が運営する公設の避難所ではなかったため支援物資はなかなか届かず、当時、常務を務めていた武士さんの兄・和浩さん、町内会役員らが市に支援物資配給の直談判に行く一方で、避難していた住民に在庫として残った笹かまぼこを食べてもらったそうです。

「水が引いてからは、周辺の避難所を回って笹かまぼこを皆さんに食べてもらいました。でも冷蔵品なので日持ちには限界があり、歯がゆい思いをしたんです。震災の時のこの経験から“常温で保管できて日持ちする笹かまぼこをつくりたい”と考えるようになり、その後の新商品開発につながっていきました」

まだ震災が起こった日から間もない3月31日、その日は武田さんの仲間がカレーの炊き出しに来る予定でした。

「驚いたのですが、カレーを普通に食べたあと皆さんが立ち上がり、避難所をあとにそれぞれが別の公設の避難所に移っていかれたんです。町内会役員さんが、『自分たちがいたままではここが再開できない。31日で出ていこう』と私たちには知らせないまま皆さんに話をしていたとあとで知りました」

それまでは、日々をなんとかして生き抜くことに必死で工場再開はまったく考えられなかったと言う武田さんですが「絶対に会社を再開させてなくては」と決意。従業員全員で再開に向けて動き出し、2011年6月には操業を再開させます。

「地域に貢献したいとこの地に根を下ろしてきた父、祖父の代に積み上げてきた地元への貢献が、地域の皆さんのこのような行動につながったのかなと思います。私は、それまで地域に貢献するということより、商売として成り立たせないといけない。そればかりを考えていたんですよね。震災を機に地元の方への思いが変わったのは確かです」

この出来事が、同社が「地域に必要とされる企業であること」をあらためて目指すきっかけとなり、「防災にも役立つ日持ちする製品」さらに「地場産の素材を使う商品開発」へとつながっていきます。

「当社の笹かまぼこに塩釜の日本酒『浦霞』を全商品に使用するようになったのは、震災後です。浦霞の一升瓶の消費量は、たぶん当社が日本一なんじゃないかな(笑)」

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地産地消にこだわり、塩釜の銘酒「浦霞」はじめ宮城県ほか東北の食材を素材に使用した笹かまぼこ

展示会ブースでの出会いから生まれた
「canささ 笹かまアヒージョ」

工場再稼働後、さっそく新商品開発に取り組んだ武田さんですが、「何度となく失敗を重ねた」と言います。まず、笹かまの新たなニーズを掘り起こすために「ワインとのマリアージュ」をコンセプトに、「30代~40代、富裕層の女性」とターゲットを明確にしました。

「アヒージョというアイディアが浮かび試作を重ねて真空パックにしてみたのですが、オペレーションの点で問題があって頓挫しました」

2019年に、武田さんが代表取締役に就任。同年、東京での展示会に出展したときのこと。

「三陸の海産物の缶詰製品を多く手掛けている『木の屋石巻水産』のご担当者が隣のブースにいらっしゃったので、『笹かまのアヒージョの試作をつくってもらうことはできますか?』と声をかけました。思いがけず、『いいですよ』と言っていただけてそれが始まりです」

さらに武田さんは、「秋保ワイナリー」を運営する仙台秋保醸造所 取締役 先久 尚文さんにも、ワインと笹かまのマリアージュについて味の監修という形でかかわってもらえないかと打診します。先久さんとは、武田さんが「グロービス経営大学院 仙台校」で学んでいるときの仲間。「いつか一緒になにかやりたいね」と話していたそうです。

「秋保ワイナリーの新酒発表会で、笹かまのアヒージョ試作品を提供、ソムリエや飲食店のシェフにアドバイスをもらいました。当初は、笹かまとアヒージョって合わないなという見解だったんです。その場で調理したものだと笹かまにオイルのうま味が入っていかなくて。笹かまのオイルが沁み込むのには時間がかかります。それなら缶詰にすることで、オイルが沁み込み熟成される。缶詰は、本当においしい笹かまアヒージョの完成形になる。そう思いましたね」

開発の途中、コロナ禍で観光業はストップ、ドライブイン事業、土産としての物販の売上も激減します。

「なんとかしなくてはいけない。それならば、観光客の増減に左右されない自家消費のための商品に振り切ろうと。秋保ワイナリーさんのアドバイスをもとに、木の屋さんにはさまざまな工夫、調整をしてもらい『canささ 笹かまアヒージョ』の完成にこぎつけることができました」

『canささ 笹かまアヒージョ』は、2020年9月1日、防災の日に発売され好評を得て、同年、審査員に百貨店はじめ有名セレクトショップの店長が名を連ねる「新 東北みやげコンテスト」最優秀賞を受賞。一気に販路を拡大させることとなります。

「バイヤーが審査員であるこのコンテストでの受賞による波及効果はすごく大きかったです。従来は冷蔵ケースのあるところしか販路がなかったのですが、缶詰の形にしたことで常温での販売が可能になり、販売チャネルが大幅に拡大しました」

翌年2021年7月には日本酒と合うように、塩釜の酒蔵「浦霞」醸造元の株式会社佐浦に監修を依頼した和風アヒージョ「canささ 笹かま和ヒージョ」、2022年3月11日には仙台が拠点の牛タン専門店「利久」、仙台に蒸留所をもつ「ニッカウヰスキー」とのコラボで開発した「プレミアムcanささ牛たんアヒージョ」を発売しました。

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地元企業とのコラボで生まれた「canささ 笹かまアヒージョ」「プレミアムcanささ牛たんアヒージョ」「canささ 笹かま和ヒージョ」。自社では届かない販路開拓につながった

『canささ 笹かまアヒージョ』は
プロダクトでありプロモーション

2022年からは、『canささシリーズ』を携えて復興水産加工業販路回復促進センターが実施する「復興水産加工業等販路回復促進指導事業」を活用し、展示会へ出展を続けます。

「コロナ禍で売り上げが低迷するなかで、この事業の利用は一歩踏み出すための大きな後押しとなりました。毎回アドバイザーさんに、見せ方やPOPのつくり方などを教えてもらい、それらを実践しました。缶を開けた見本があったほうがいいというアドバイスもいただいたので、開けた状態の見本も展示会用に制作しました」

展示会では、ブースを訪れた人の目の導線を意識して、缶を開けた状態を大きくタペストリーで見せ、つぎに目線を落とすと商品、その下に食卓でのイメージを見せる工夫もしました。展示会で「canささシリーズ」のみを陳列したのはつぎのような狙いからです。

「競合の多い笹かまぼこ業界では、真っ向勝負でプレーンの笹かまぼこ買ってください、と言ってもだめ。canささシリーズはニッチ戦略です。同じように、展示会でプレーンの笹かまぼこを置いても、バイヤーさんは目新しさもなく話を聞く必要もないんです。canささシリーズをアイキャッチにして、笹かまぼこの製法や一つひとつの商品のこだわりを聞いてもらえるように。こう考えていました。canささシリーズはプロダクトであり、当社プロモーションのための宣材でもあります」

こうした営業スタイルが功を奏し、2022年度に出展した加工食品EXPO(東京ビッグサイト)や、スーパーマーケット・トレードショー(幕張メッセ)などへの出展を機に、取引先は、「canささシリーズ」発売前の5倍に増加しました。

東日本大震災直後、売上は震災前の約50%まで落ち込みましたが、代表取締役に就任した2019年から2024年6月の現在までで、物販の売上は250%増に。売上構成比も2024年6月現在、ドライブイン事業4割、物販6割となり「ドライブイン事業に頼らない利益構造に」という目標に着実に近づいています。

「展示会での成果として販売チャネルを増やせたという点では、これまでは販路として想定していなかったキャンプ場やアウトドアショップに商品を卸している問屋さんとの取引が新たにできたことですね」

展示会に出展したことで、自社製品の可能性をさらに感じられる結果を得たのです。

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展示会では、ブースを訪れた人の目の導線を意識した展示をしている。「興味をもってくれた方に前のめりの販売トークをするのではなく、相手が何を求めているかをキャッチして、またこの人と話したいなと思ってもらえるような話し方を心がけています」と武田さん

さらに、展示会は情報をキャッチする場でもあると話す武田さん。

「前回の展示会でも、わさびを使った商品を考えていたので、会場をぐるっと回って見つけたわさびを扱っている会社に、当社の課題をお話させていただき、それがきっかけで完成形に漕ぎつけることもできました。どうせ無理だろうと思っていても始まらないですし、聞くだけ聞いてみるという精神は大事だと思っています」

取材直前には、某テレビ番組で「canささ 笹かまアヒージョ」が紹介され、さらなる売上増、商品の認知度があがるのでは、と期待を寄せます。

「『canささシリーズ』がメディアで取り上げられるようになったのも、偶然ではなくて必然だと思っています。思いを持って世に出して、そのストーリーとともに伝え続ける。そうすればどこかで見てくれている人がいて、その先につながっていくのではと」

アンテナを張って模索を続けることが楽しい。
地域に必要とされる会社であるために

今後の展開もさまざまなアイディアの一つとして、日本の伝統柄をパッケージにしたインバウンド向けの商品を開発していきたいと言います。さらには、地元の高校生とのコラボ商品の開発もしていく予定だとか。

「地元の塩釜高校でプロモーションについての授業をしたのですが、それがご縁で生徒さんとコラボして地元の食材を使った商品ができないかと考えています。コラボ戦略って応援者を増やすことでもあるんですよね」

同社が企業理念として掲げているのが「もう一度逢いたくなる味」。また食べたいと思う味はもちろんですが、もう一度会ってみたいと思ってもらえる接客、もう一度行ってみたい店舗であることを目指して、従業員とこの理念を常日頃共有するため、言葉を尽くしていると言う武田さん。

「地元に必要とされるから企業として残っていける。塩釜に居続けて、当然そこからほかの地域に発信するというスタイルになるんでしょう。社会の問題事はどんどん変わってくるので、そこにどうアプローチしていくか、どんな事業で自分たちが寄与していくのか。その点を基本的な考え方としてもちながらアンテナを張って模索し続けていきたいと思います」

震災の避難所として地域の人が身を寄せ、笹かまぼこで命をつないだ日から10余年。地元企業の思いをつなぎ、笹かまぼこの可能性を広げた「canささ 笹かまアヒージョ」。これからどんな新商品、コラボ商品が塩釜の地から生まれてくるのか、同社の今後の展開にも注目です。

株式会社武田の笹かまぼこ

〒985-0016 宮城県塩釜市港町2-15-31
自社製品:笹かまぼこ、canささ 笹かまアヒージョ ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。