大正初期創業の水産加工会社、鎌倉商店(千葉県旭市)は、百年を超える歴史の中で代々イワシの加工を続けてきました。専務取締役の鎌倉康成さんは、創業者である鎌倉敬三郎さんのひ孫にあたります。
「当社は創業時から、千葉や茨城で水揚げされるイワシを原料に、丸干し、煮干しの加工を続けてきました。このあたりでイワシの丸干しと煮干しの両方を続けているのはうちだけです。昔に比べて原料も需要も減っているなか、どちらかをやめるという選択をするタイミングもあったと思いますが、結局どちらもやめなかったので両方続いています」(有限会社鎌倉商店 専務取締役 鎌倉康成さん、以下「」内同)
同社の売上の半分ほどを占めるシラス製品の加工は比較的新しく、30年ほど前に始めたものです。シラスは仕上がりへのこだわりから天日干しで乾燥させている一方、機械を使って室内乾燥させている丸干しと煮干しについても、鎌倉商店のこだわりがあります。
「熱風乾燥のほうが仕上がりは早いのですが、うちは時間をかけて冷風乾燥させています。冷風のほうが、うまみが残りやすいからです。おかげさまでうちの煮干しは口コミで広がって、飲食店から直接問い合わせが来ることもあります。都内や千葉県内のラーメン屋さんなどで使われていますよ」
原料のイワシを買い付けに出かけるのは鎌倉さんの仕事。4トントラックのハンドルを握り、近場の銚子、九十九里だけでなく、片道2時間以上かけて鴨川や館山まで足を延ばすこともあります。
東日本大震災当時、鎌倉さんは都内で学生生活を送っていました。地震のあった日は、ゼミの勉強会の最中だったといいます。
「何度かけ直しても親の電話につながらないので、その時は正直、『家族も家もなくなってしまったのではないか』と最悪の事態が頭をよぎりました。その後連絡が取れて無事は確認できましたが、実家に戻るまでには少し時間がかかりました。地震のあった翌日は電車では佐倉までしか行けず、その次の日に高校時代にお世話になった先生に旭まで届けてもらったのですが、その道中は津波で流された車がまだその辺りに転がっているような状況でした」
鎌倉商店の近所でも、津波で川が氾濫して事務所の玄関まで浸水しました。建物と工場は少しだけ高い場所にあったため津波被害は免れましたが、地震の揺れによって工場の床にヒビが入ったり、冷蔵庫が壊れたりするなどの被害がありました。
「地震のあと、当時の外国人技能実習生はみんな自分の国に帰りました。片付けをする人手が足りなかったので、私もパートの皆さんと一緒に、大学の春休み明けまで手伝いました」
その後、自力で震災前と同等の生産能力を回復した鎌倉商店ですが、環境はこれまでとは一変していました。漁業者の引退などにより原料の確保が難しくなり、せっかく作っても今度は原発事故の風評被害で売上が落ち込んでしまったのです。震災前の主力製品の一つだったコウナゴ製品は、撤退を余儀なくされます。
「私自身は大学卒業後、水産卸会社に就職して、自分の仕事を楽しくやっていました。そして転勤で地方を回っている中で、日本の水産業界って、地方の小さな漁協や市場、業者、漁師の人たちが支えているんだ、と気付いたんです。大きな会社にいれば、何トンという量で魚を買える醍醐味も味わえますが、自分は生産者やお客様と近い立場にある魚屋になりたい、と思いました。規模は小さくても水産業界を裾野から支える仕事がしたいと考えるようになり、2019年に鎌倉商店に入社しました」
もともと鎌倉商店を継ぐつもりはなかったという鎌倉さんですが、心の片隅では「伝統を自分の代でも守りたい」という思いもあったといいます。
鎌倉さんが入社した頃には、風評被害は落ち着いていたようですが、売上は戻っていない状況。煮干しやシラスは卸売市場での売上が下がり、新たな販路を開拓する必要がありました。
これまで卸売市場への販売を中心に行ってきた鎌倉商店ですが、それ以外の売り先には小ロットでの出荷が必要となるため、製品在庫の保管能力向上が課題となります。また、新規顧客を獲得するためには、生産能力を向上させるとともに、商品開発などの新しい試みも始めなくてはなりません。
そこで鎌倉商店では販路回復取組支援事業の助成金を活用し、冷風乾燥機や冷凍設備などの新しい機材を導入しました。
「新しい冷風乾燥機を導入したことで、従来のものより一回で多くのイワシを干せるようになり、煮干し、丸干しが増産できました。冷凍機も以前のものよりよく冷えて、保管製品の品質も量も向上しています」
導入前後の煮干しの生産量を比較すると、昨年1月から3月まで原料ベースで約32トンだったのに対し、今年度は同期間で約48トンの増産を達成しています。また丸干しイワシは、需要が集中する節分シーズンにも注文に応えられる体制が整ったことで、昨シーズンに比べ20%も納品数を増やすことができました。機械の導入にあわせて積極的に原料を買い付けたことも増産を実現できた要因の一つだったといいます。
「導入によって、生産量が増えたこと以外の効果もありました。作業効率が上がったことで従業員の残業が減りましたし、機械の性能が上がったことで電気代が下がりました」
さらには新商品販売のため、シラス製品の新パッケージも制作。従来は1キロ入りのパッケージだけでしたが、使いきりやすい500グラム入りがラインナップに加わりました。
「うちの会社まで直接買いに来る方もいらっしゃいます。旭市内を中心にお客さんが増えて、対面販売の売上も昨年比で200万円ほど増加しました」
父・広樹さん(有限会社鎌倉商店 代表取締役)は会社の営業活動について鎌倉さんに指示をすることはほとんどないそう。
「私も自分の考えがあるから、そもそも父と意見が違うことばかりです(笑)。一緒に魚を買いに行ったのは2、3回だけ。シラスも1回だけです。子供の頃、父に連れられて魚を買いに行ったこともありますが、中学生以降は部活の柔道で疲れていたから手伝いもほとんどしていません。ただ、水産の仕事を始めてから、『自分で魚を買うっておもしろいな』と思ったんです。自分で魚に値段をつけて、それを売るところまで考える。高く買ってしまって失敗することもありますが、成功も失敗も自分にかかっているということに魅力を感じます」
鎌倉さんは、「売り先あっての仕入」を念頭に、原料を買う段階で具体的な売り先まで思い描いているのだそうです。買い付けのコツや目利きは、一人で買い付けをしながら鎌倉さんが自分で身につけたもの。親子でも仕事のスタイルは異なるようですが、共通していることもあります。
「父も私も、人を大事にするようには心がけています。従業員と食事会をしたり、休憩時間におやつを出したり。そういった部分は受け継いでいるかもしれません。昨年は地元の高校生を採用しましたし、地元の雇用も作っていけたらなと思っています」
そして、鎌倉商店として代々受け継がれてきたこともあります。
「地元に揚がる魚を、ずっと大事にしてきたからこそ、ここまで続いてきたのだと思います。古いことをやっている会社ですが、時代遅れといわれても、漁師さんがイワシを獲ってきてくれる限り続けたいですね」
また、伝統を受け継ぐ一方で、新しいことへの挑戦も視野に入れています。
「たとえば味付けに手間を加えたシラスやちりめん、ラーメン屋さんとコラボした煮干しだしのスープ、フライ製品の開発なども考えています。これまでの加工法だけにとどまらず、新しいことも始めていきたいですね」
チャレンジをするうえでも、あくまで一番は、地元にあがる魚を大事にするということ。鎌倉さんが目指す「理想の魚屋さん」になった後も、それは続きます。
有限会社鎌倉商店
〒289-2513 千葉県旭市野中4209自社製品:マイワシの丸干し、カタクチイワシやマイワシの煮干し、釜揚げシラスやちりめんなどのシラス製品
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。