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企業紹介第169回宮城県湊水産株式会社

ピンチをチャンスに変える、たらこ屋さんの商品開発と地域貢献

「無添加・無着色」のたらこにこだわり続けて40余年。機械化が進む中でも昔ながらの手漬け製法にこだわり続ける宮城県石巻市の湊水産ですが、その工場内の風景は、一般的な水産加工業者とは異なります。従業員がパティシエのコックコートを着用しているのです。

まるでケーキ工場のような雰囲気の湊水産のたらこ加工場

「震災後に新しく建てた工場では、たらこをただ作るだけでなく、従業員にスポットライトが当たることを考えました。コックコートを提案したのは、たらこづくりもパティシエと同じように職人としての技術が求められる仕事であり、実際に高い技術を持つ従業員もいるからです。最初は『えー』と戸惑う声もありましたが、試着後は『かわいいね』と言ってもらえました。加工場はガラス張りで直売所からも見えるようにもなっていて、外から手を振ってくれる人もいます」(湊水産株式会社 代表取締役 木村一成さん、以下「」内同)

従業員には「長く働いてもらいたい」という木村一成さん

従業員みんなの幸せを願う木村さんは、製品へのこだわりと同じくらい、快適な職場環境づくりにも力を入れています。その象徴ともいえるのがコックコートというわけですが、足もとをよく見ると、水産加工場でよく見られる長靴ではありません。

「長靴をずっと履いていると疲れるので、足もとが濡れるエリアと濡れないエリアに分けて、濡れないエリアでは靴を履いてもらっています」

たらこを整形するときに着用するエプロンも、国産のレザー製で特注品です。エプロンの重量が肩こりの原因になることもあるため、少しでも負担を軽くするためです。

津波でパソコンが浸水、65万件の顧客データを失う

1980(昭和55)年に、父親とともに創業した木村さん。当時木村さんは20代前半で、父親は40代。親子ともに、たらこの製造は未経験の状態からのスタートでした。

「石巻では昔からたらこ作りが盛んで、私たちが創業したころから市内には多くのたらこ業者がありました。未経験でも、地元のつながりで製法を教えてもらうことができました。当初から、無添加、無着色にはこだわってきました」

無添加・無着色のたらこ、明太子は贈答品としても人気

健康志向の時代の後押しもあって、無添加・無着色のたらこ、明太子製品は、同社の成長を支え続けてきました。

しかし、2011年の東日本大震災で、湊水産は金銭以上の損失を被ります。

「震災当日は大きな揺れがあって、ここにも2メートル以上の津波が来ました。冷凍庫の2階に休憩室があって、従業員はそこに避難してもらいましたが、1階部分はすべて浸水しました。1階の事務所に設置してあったパソコンのサーバー4台には、会社の生命線ともいえる65万件ものお客様の注文データが入っていました。建物や機材の被害も甚大でしたが、それを失ったのが何よりの痛手でした」

震災直後の湊水産の直売所「みなと」の様子

被災してから50日以上もの間、水も電気も使えず復旧作業は難航しましたが、木村さんは従業員を解雇せずに、売上の立たない2カ月近くをしのぎました。津波で流されずに残った機材を洗浄、消毒して準備が整うと、新しく仕入れた原材料を使って5月6日から加工を再開します。

「最初は数種類しか商品を準備できませんでしたが、スタッフが揃い、たらこの漬け込みをしたときには、いろんな想いがこみ上げてきて従業員たちと一緒に泣きました」

震災から3年後の2014年6月、新社屋が完成

2014年、震災前と同じ場所に新社屋が完成すると、ようやく事業が本格的に再開します。

「震災前は冷凍品が中心でしたが、震災後は消費者のニーズが変わり、うちでも常温流通ができる商品の開発を始めました。以前から構想のあったスモークたらこを試作してみたところ、試食した女性従業員が『これはおいしい』というので、焼きたらこの技術を使って常温流通が可能な商品として売り出しました。これが海外の日系量販店に採用され販売が決まった矢先、今度は世界的に新型コロナウイルスの影響が広がり、全部がストップしました」

ところがここで終わらないのが木村さんでした。新型コロナウイルス感染拡大の影響で業務向けの売上を失うなか、家庭向け商品にチャンスがあると考え、新商品開発に舵を切ったのです。

「とにかく新商品をつくる時間はたっぷりありました」

コロナ禍で、常温商品のラインナップは急成長。現在、震災からの回復状況は、売上ベースでいうと7~8割ですが、家庭向けの常温商品を増やしたことで利益率が高まりました。ネット通販が好調で、中でもお茶漬けが大きく伸びているそうです。

通販で人気の「石巻金華茶漬け」とスモークたらこのセットはコロナ禍で開発された商品のひとつ

もともと苦手だった「見せる」を改善して新たな商機に

震災で顧客情報を失った湊水産が、販路開拓に活用してきたのが展示会(商談会)です。

「震災後から展示会に参加するようになり、それによって新しいお客さんが増えました。売上の構成比でいうと、6~7割は震災後の新しいお客さんです」

ここまで新規の取引先を増やせた理由は、「常温品を扱うようになって水産業界以外の人たちとも関わりができたから」だと木村さんは語ります。

「コロナ後は主力製品が冷凍品から常温品に変わったことで、お客さんの幅が広がりました。例えばファッション関係の会社からも声をかけてもらって、ギフトの企画でうちの商品を選んでいただきました。常温品だとお店のちょっとしたスペースなどにも置いていただけるので酒屋さんや雑貨屋さんなどでも取り扱ってもらえるようになりました」

展示会での成功を支えてきたのは、木村さんの奥様で取締役の木村朱見さんです。通販部門の責任者を務める朱見さんによると、冷凍品と常温品とでは、お客さんからの見え方も違うのだとか。冷凍品を見るお客さんは、冷凍ケースを上から覗き込む。一方、常温品を見るお客さんは、ブースの奥まで見ている。その違いに着目したことで、何も置いていないブースの奥側の見栄えが、見た人の興味関心にも影響すると気づいたそうです。

以前の湊水産のブース。後ろにスペースがある
対策後の湊水産のブース。奥まで「見せる」作りになった

ディスプレイ、試食の出し方、幕の掛け方など、とにかく見せ方には細かく配慮している朱見さんですが、「見せる」ということが、元々は苦手だったといいます。

それでも展示会で出会う周りのブースの人と情報交換するなどして、どうすればお客さんに見てもらえるかを考えてきました。

例えば、ブース後方の「垂れ幕」。最初はガムテープで貼って固定していましたが、それだと時間が経つと落ちて来て、見栄えが悪くなってしまっていました。そこで朱見さんは、専門の設営業者の人たちを参考にして垂れ幕にマジックテープを取り付け、壁面に貼り付ける方式に換えました。

また、ブースに会社のパンフレットを置いていないのも、朱見さんのアイデアです。パンフレットは費用をかけて準備しても、開かずに捨てられてしまうこともあるため、ブースにはサイトのQRコードだけを置いて、それを読み取ってもらうようにしました。「これなら捨てられない」と朱見さん。

こうした毎回の工夫の積み重ねで、「見せる」は年々改良されているのです。

石巻地区初の企業主導型保育園の開設で若い女性が集まった

木村さんは、展示会は売上を伸ばすためだけの場ではなく、「新しい技術を育む場」になっているともいいます。

「売れないものには何かが足りません。それは言い換えれば、別のものを足せば売れる可能性を秘めているということ。お客さんが必要とする商品をどうやって作っていくのかというところが我々メーカーの仕事でもあるので、展示会で出会ったメーカー同士で、『うちのこの機械、技術と合わせればこういうものが作れそうだね』という話をしながら、新しいことを考えています」

震災やコロナの経験を通じて木村さん自身は、「想定外が想定内と腹をくくれるようになった」といいます。これまでの事業モデルが通用しなくなるときこそ、ある意味チャンスなのだと前向きです。

「コロナ後、海外からも引き合いがありますが、オンライン会議で香港の業者ともやり取りができるようになりました。当社は無添加でやっているので、輸出の規制もなくやりやすいんです。それだけではなく、コロナでピンチになると業界を横断した協力関係も生まれやすい。コラボして、技術をいただく。互いに売上を伸ばす。そういう仕組みができつつあります」

今後は海外市場も視野に入れていく構えですが、一方で木村さんは、「地域に貢献できない会社は生き残れない」ともいいます。

湊水産の加工場でよく見られるのは、ガラス越しに“パティシエ”たちに手を振る小さい子供たち。湊水産では、石巻地区初の企業主導型保育園「湊水産・結のいえ保育園」も運営しています。

「震災後、新しい人材の確保が必要になったときに、『子供を預けられたら』という声が多くありました。そこで、預けられるところが無いなら自分たちで作ってしまおうと保育園を運営することにしました」

木のぬくもりが感じられる園舎で子供たちが過ごしている
子どもたちはおさんぽの帰りに、工場で働くママの姿をガラス越しで見ることができる

保育園を運営することにより、若い世代の女性従業員も増えました。現在、従業員40人中6割以上が20代、30代の女性。また、保育園では、従業員の子供だけでなく、近隣住民の子供たちも一緒に過ごしています。自社の人手不足解消だけでなく、地域貢献も兼ねた事業となっています。

「一人で頑張っても、頑張りきれませんから。震災、コロナといった余裕のないときこそ、地域貢献ができるいい機会だと思っています。地域の中で、皆さんに育てていただけるような会社であり続けたいですね」

もともと、たらこの事業を未経験で始められたのも、石巻という地域に支えられたからこそ。時代とともに顧客、商品が変わり続ける中でも、大切なことは出発点と変わっていないようでした。

湊水産株式会社

〒986-0015 宮城県石巻市吉野町2丁目6-7
自社製品:たらこ、明太子、石巻金華茶漬け ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。