株式会社いとう商店は、明治22年、現在本社のある地と同じ千葉県旭市で、現在、代表取締役を務める伊藤克幸さんの曽祖父にあたる伊藤平次郎さんによって「伊藤水産」として創業されたのが始まり。当時は、地引網で獲ったイワシを飼料にして販売し、半農半漁を営んでいました。平成6年には法人化され、現在の社名に。克幸さんは4代目を継いでいます。
創業から130年以上の長きにわたり続く、いとう商店の強みは、なんといっても地元で揚がる魚の“目利き”。
「鮮度はもちろんですが、揚がった魚がなんでもいいわけではなく、顧客の注文、ニーズに合わせた“目利き”で仕入れた原料を使って、丁寧な商品づくりをする。例えば、開きにするには脂の乗った11月~1月までのイワシがいいんですが、つみれの原料なら脂の少ないそれ以外の時期に獲れたものを使います。それがうちの加工屋としての仕事だと思っています」(株式会社いとう商店 代表取締役 伊藤克幸さん、以下「」内同)
その後も、主に地元である銚子港で採れたイワシを原料に、つみれやフィレなどを手がけてきましたが、伊藤さんが4代目を継いだあとは輸出・輸入業も開始。中国やヨーロッパ向けにイワシを輸出し、この事業だけで同商店全体の取り扱いの約3割をあげるなど堅調に業績を伸ばしていきます。
この他にも、コンビニエンスストアや学校給食向けのサバの切り身など、イワシを主力にしつつ、多角的に事業を展開してきました。
そんなときに起こった2011年3月の東日本大震災。地震で大きく揺れたその時、伊藤さんは工場前の浜で取引先と電話で話していました。揺れがおさまってすぐに現場へ戻りましたが、出荷前の商品や機材が散乱し、電気もストップ。このまま工場で作業を続けるのは無理だと判断し、従業員を解散させました。
「それから私は、小学校へ子どもを迎えに車を走らせ、その後市役所へ避難したのですが、しばらくして工場の様子を見に行くと、海に近い場所に立っていたはずの倉庫の姿が跡形もなくて……、この様子には愕然としました」
それでも電気が復旧した3日後には工場を再開。出荷を前にダメになってしまった商品も大量にあり、商品の廃棄や工場内の片づけからのスタートでした。
被害に遭った機器のなかでも、業務用の半製品の製造に必要な凍結庫、冷蔵庫などの設備を失ったのが大きな痛手となり、これまでのコンビニエンスストアをはじめとした取引先も失いました。さらに、堅調に伸びていた輸出業も原発事故の影響で各国が禁輸措置をとったため、すべて停止。震災直後の売上は、震災前の約半分になったそうです。
被害の大きかった東北地方の工場が再開するまでという期限付きでの新規注文が増え、仕事は大きく減らさず維持できましたが、東北地方の工場復旧にともなって、それらの仕事も減り、新しい販路の開拓が急務となりました。
そんななか、もともと取引のあった会社から、「業務用のサバの落し身の製造ができる工場を探している」という問い合わせが入ります。長年にわたり、確かな商品を納品してきたからこその、声がけだったのでしょう。
「サバの落し身の試作品段階では品質をクリアしていたのですが、既存の設備では量産体制がとれず、取引開始に至ることのできない状況でした。ただ、この商機を逃してはいけないと思いました」
そこで、2020年3月に販路回復取組支援事業を利用して導入したのが、魚類頭取機、さば内臓取機、裏ごし機、二軸スクリューポンプ、X線検査装置、凍結機、冷凍機です。
これにより、サバの落し身について、歩留りを上げながら日産4トンの量産化を実現。これまで手作業で行ってきた作業を機械化した結果、約20人で作業していた製造工程を5人にまで省人化。同じ時間で生産できる量も2倍になるなど大幅に生産能力がアップしました。
さらに、凍結機や冷凍機などの導入により温度管理能力を増強させることで、定番商品であった「イワシのつみれ」や震災により喪失してしまった冷凍製品等の製造についても同様に効率化することができたほか、これまで以上に鮮度が良い状態での保管が可能となりました。この品質アップは、大手顧客との取引において大きな強みとなりました。
しかしながら、直近の売上は、まだ震災前の約6割とどまっています。この強みをいかしてさらなる販路開拓を実現したいところですが、導入が2020年3月。同時にコロナ禍に見舞われ、新たな販路を開拓するにはまだ至っていません。それでも伊藤さんは言います。
「凍結能力のアップに加え、X線検査装置も導入できたことで、一番良かったのは、なによりも取引先からの大きな信用を得たこと。このことで、必ず今後につなげられると思っています」
かねてから、アジやサバなどの焼き魚の骨を、小骨まで取ったいわゆる「骨とり商品」の需要が高まっていることに着目していた伊藤さん。逆転の発想で、骨を取らなくてもそのまま食べられるようにできないかと考えていました。
「カルシウムなど栄養のある骨を捨ててしまうのってもったいない。それに、ただでさえ開いた魚の姿しか知らない子どもが増えているなかで、骨も無いのが魚なんだって日本の子どもたちに根付かせてしまっていいの?という疑問もありましたね。骨まで軟らかく圧力調理して、魚まるごとの栄養をあますところなく食べられる商品ができたら、子どもやお年寄り、健康に気を使っている消費者に喜んでもらえるのではないかと思ったんです」
既存の販路を失った震災直後、伊藤さんは商品開発に着手します。圧力釜の温度と時間設定による熱の加え方のパターンを少しずつ変えながら、何度も何度も試しては記録を繰り返し、やっと完成したのが「骨まで おいしい! 焼魚」シリーズです。
レンジであたためるだけで食べることができるため、家庭向けにも好評で、販売開始から順調に売上を伸ばしています。
「道の駅で、実際にこの商品を買ってくださったお客様から、『魚嫌いだった子どもが、これなら食べられると喜んで食べてくれるようになった』という声が聞けて、手ごたえを感じました」
現在は「季楽里あさひ」(旭市)、「水の郷さわら」(香取市)など千葉県内の道の駅や、銚子港内の「銚子セレクト市場」などの小売店ほか、自社サイトからの直接注文を中心に販売しています。
この商品の製造にも、導入した機器が生かされており、熱水スプレー式レトルト殺菌器を使うことで製造効率、品質がアップしたそう。
「開発に着手してから10年ほど経ちますが、まだ試行錯誤を続けています。近年、海の環境が変わってきていて、昔ならイワシはこの時期、アジならこの時期が一番いいという旬が決まっていたのですが、もっと脂がのっていてもいい季節なのに脂のりが少なかったりと、それも変わりつつあります。そうしたこともあって、それぞれの魚に合わせて、いちばんおいしい圧力と熱のかけ方のポイントをずっと研究しています」
また最近は、老人介護施設へのPRが功を奏し、現在東京都内の老人介護施設からの引き合いがきているそうで、新たな事業へ広がりを見せています。
「今後は、たとえば『骨まで おいしい!焼き魚シリーズ』でも、レンジであたためるだけのタイプ、冷凍までを当社で行い、焼くのは各施設で行えるタイプなど、取引先のニーズに合った形態での販売ができるようにしたいと考えています」
自社ブランド「骨までおいしい! 焼き魚」シリーズ。
創業から130余年。4代目が見据えているのは、将来、次世代へ引き継いだ先の10年です。
「この会社がちゃんと儲かって、引き継ぐときに向こう10年くらいは安定してこれでやっていけるという状態にする。それが目標ですね」
「魚本来の姿を子どもたちに」という思いで開発した商品の販路開拓にもチャレンジしている「いとう商店」。明治の時代から受け継いできた、漁師町加工屋の商売スピリッツを見た思いがしました
株式会社いとう商店
〒289-2521 千葉県旭市ハの2801番地 自社製品:つみれ原料となるレトルトイワシ、イワシミンチ、イワシフィレ、サバ落し身、鮭フレーク、レトルト焼き魚
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。