春の訪れをわずかに感じるとはいえ、まだ寒い季節の2月下旬。松島湾の内海は波も風も穏やかでしたが、外海の石巻湾に出ると波は大きく、風も冷たくなりました。
「気温の最も低い1月2月よりも、体が慣れていない11月後半ごろの方が体感的には寒く感じますよ」
そう話すのは、カキの生産から加工、販売まで手掛ける長石商店(宮城県東松島市)の社長、高橋洋さん。長石商店は島々に囲まれた松島湾内の内海と外海(石巻湾)に養殖場を持っており、この日はそれぞれ現地を見学させてもらったのです。
「カキが小さいうちは内海で育てて、大きくなってから外海に移しています。外海のほうが波が強いのですが、その波に揉まれることでカキがさらに大きく、おいしくなるんです」
1996年に、大阪府堺市で腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒が発生しニュースが全国を駆け巡りましたが、高橋さんの地元でも非出血性ながら大腸菌が検出され、カキ漁のシーズンにもかかわらず出荷できなくなったことがありました。
「当時はまだ会社の設立前でしたが、カキの養殖業を営んでいた父と、この仕事を始めたばかりの私で相談して、浄化設備を導入しました。水揚げ後のカキを無菌海水に24時間浸けておくことでカキの体内が浄化されるのですが、今でこそ当たり前の手法も当時はその効果がまだ実証されていなかったので、周辺でやっているのはうちだけでした」(長石商店社長の高橋洋さん、以下「」内同)
長石商店のカキは、他社に先駆けて品質のよいものとなりましたが、無菌浄化を始めた当時は、浄化しているカキもしていないカキも、地元漁協での買取価格は同じでした。そのため高橋さん親子は自分たちで新しい売り先を探さなければならず、1996年に会社を設立することになったのです。
「カキの一般的な弁当型のパック加工品と違い、むき身のまま水なしでロケット包装パックに詰め販売したため、中身を出さないと大きさもわかりません。最初はどこからも相手にされませんでしたが、一度うちのカキを食べてもらえれば、水を入れないことでカキ本来の味がする価値を分かってくれるだろうと思っていたので、焦る気持ちはありませんでした。松島の飲食店やホテル、仙台の量販店、首都圏のスーパーにも営業に行き、『一度カキを送ってほしい』と言われればすぐにカキを送りました。こっちとしては『食べてもらえれば勝ち』というくらいの自信がありましたし、実際、試食してもらったところからは注文を取れました」
法人化してから地道に開拓してきた販路ですが、東日本大震災の津波被害により、長石商店は一旦事業をストップせざるを得なくなります。
長石商店の本社工場は、松島湾に面した場所にありますが、東日本大震災の津波は海からではなく、陸から襲ってきました。内海から回り込んでくる津波よりも早く、外海の石巻湾側から陸上を駆け上がった津波が先に到達したのです。
「私は当時、子供と一緒に妻の実家に行っており不在でしたが、工場にいた母が従業員を誘導して山に避難しました。海に出ていた父も、松島湾の島の岸壁が土煙をあげているのを見て、すぐに港に戻ってきました」
当時出勤していた社員は全員無事でしたが、その日休みだった人や、付近の住民の中には亡くなった方もいました。JR仙石線の(旧)野蒜(のびる)駅付近では列車が津波に押し流されましたが、長石商店も工場ごと流され、所有していた機材もすべて失ったといいます。
「震災後、沿岸部では防潮堤の工事が始まり、その影響で工場の再建も進められませんでした。それでも取引先からは『2年は待てるが3年は待てない』という声もあったので、内陸側に仮工場を建てて、2013年秋から出荷作業を再開しました」
防潮堤の工事はなおも続きましたが、高橋さんは元の場所での再開を諦めていませんでした。
「このあたりにはもともと塩田があって、生き物にとっても良質な地下水を確保できるんです。生産者としてこの場所にはこだわりがあります」
元の場所で新工場が稼働し始めたのは、2018年11月のこと。一般的にカキの加工場には、むき身になった状態のカキが入荷されますが、養殖も行っている長石商店では、カキのむき身作業も工場で行います。そのため、単に衛生管理を徹底するのではなく、むき身作業までをおこなう「汚染区」と、包装作業をおこなう「衛生区」とに分けて衛生管理をしており、人の入室もタイムカードで管理しています。
長石商店では震災後、加工用の機材を十分に確保できていませんでした。また、震災後は雇用環境の変化や消費者の嗜好が変わることに伴い、新たなニーズに対応する機材も必要となりました。そこで高橋さんは販路回復取組支援事業の助成金を活用し、それらの課題とニーズに対応するための新しい機材を導入しました。
「取引先から高付加価値商品の要望が増えているため、スチームコンベクションと深絞り包装機を導入しました。具体的には、むき身の製品と並行して、殻付きカキの製品化も進めています。最近は殻付きカキがおいしいというのが消費者の間にも浸透していますが、殻付きでもレンジで温めるだけで蒸しガキが食べられるような製品も作れます」
また、労働力不足の対応として導入したのはコンピュータースケールです。「今は募集をかけても人が集まらない状況なので、今回導入したコンピュータースケールにはとても助けられています。以前はカキの計量も、3~4人が人の手でやっていましたが、今は1人が機械を見ていればいいだけです」
生産から販売までの一貫したトレーサビリティが大きな強みだという長石商店では、ただ生産しているだけでなく、カキの種苗も販売しています。注文は北海道から九州まで、全国各地からあるといいます。種苗の生産者でもある強みを活かして、高橋さんはこれまでのカキの流通の概念を変えるアイデアを実現させようとしています。
「アサリやシジミの代わりに、小さいカキを使ったみそ汁を定番にしたいと思っています。通常、カキは2~3年かけて大きく成長させてから出荷します。小さいままで出荷するのは価格も下がるので普通に考えればもったいないのですが、うちは自分たちで種苗をつくっているので、3~4カ月のものを出荷してもまた3~4カ月後に次の出荷ができます。短いサイクルをたくさん回せるので、低価格で出荷しても計算が成り立つのです」
海外への輸出も行う長石商店では、今後ロシアや香港などを中心に輸出をさらに伸ばすことも視野に入れていますが、“カキ汁”のヒントも、海外視察で訪れた香港で得たのだそうです。香港でカキ鍋を食べた時に、カキの流通を変えればみそ汁の具材として定番化できるのではないかと考えたのです。
「今はカキがメインですけど、今後は他の水産物の加工も行っていきたいと思っています。すでにそのための人材も確保しています。地元の水産業界では、まだまだ震災からの復興が十分でない水産加工業者の方も多いので、連携しながら多品目でやっていこうと思います」
カキの生産・流通・食べ方の提案まで常に新しい取り組みを進めてきた高橋さんは、今後とも奥松島で水産業界のオールラウンドプレーヤーとして活躍が期待されます。
有限会社長石商店
〒981-0411 宮城県東松島市野蒜洲崎75-1 自社製品:カキ、アワビ
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。