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企業紹介第94回福島県株式会社マルリフーズ

2本の生産ラインで「風評被害払拭」と「売上倍増」のダブル効果

「ここ、肉眼では見えにくいんですが、リングのまわりに0.15ミリの隙間があるんです。この下にあるバキューム装置が、この隙間から“0.15ミリ以下の原料”だけを吸い取って、異物となる0.15ミリ以上のものを通さない仕組みになっています」

稲村利公さん。祖父から三代続けて名前には「利」が付く
稲村利公さん。祖父から三代続けて名前には「利」が付く

そう話すのは、福島県相馬市のマルリフーズ社長、稲村利公さん。稲村さんの言う「0.15ミリ以下の原料」とは、アオサノリのこと。この機械はアオサノリの原料から異物を除去するためのもので、同社製品の品質の鍵を握っています。

「当社の異物除去技術は、業界でトップクラスの評価をいただいています。大手外食チェーン、スーパー、学校給食や病院などが主な取引先です」(稲村利公さん、以下同)

海から取ってきたアオサノリには、食べられない海藻や鳥の羽などの異物が混入していることがあります。それらは肉眼でも確認できますが、実際には目に見えないほど小さなケイ藻や泥なども付いています。小さな異物をどれだけ除去できるかが加工会社の技術の見せどころとなりますが、マルリフーズが異物除去を行った製品は、顕微鏡で見ても異物は確認されません。

0.15ミリ以上の異物はリングのまわりの隙間を通過できない
0.15ミリ以上の異物はリングのまわりの隙間を
通過できない
(左)異物除去前(右)異物除去後のアオサノリ

風評被害を心配する顧客に対応すべく「別ライン」を設置

アオサノリを洗浄し、異物を除去するライン
アオサノリを洗浄し、異物を除去するライン

マルリフーズでのアオサノリの異物を除去する工程は、大まかに次の通りです。

①洗浄タンクに原料を入れて撹拌。目に見える異物(小エビや砂など)を除去
②ブラッシング洗浄でさらに異物を除去
③原料を0.15ミリのリングの隙間に通して小さな異物を除去
④ブラッシング洗浄(2回目)
⑤目視で最終チェック、アオサノリ以外の海藻類などを除去

このような工程でラインが組まれていますが、実はマルリフーズには同じラインが2つあります。それはなぜでしょうか?

「当社では、地元の松川浦産の原料と、愛知県産の原料を扱っています。原発事故の影響で、福島県産と他府県産のものを同じラインで扱うことに不安があるお客さまがまだ多く、売上を回復させるためには2つのラインに分ける必要がありました。もちろんうちでは放射線検査もしていますし、製造日誌も付けているので、安心して製品を使っていただけます。それでも心配だというお客さまには工場も見ていただいていますが、皆さん『これなら大丈夫』と納得して帰られます」

松川浦産のアオサノリを扱うラインは、販路回復取組支援事業の助成金を活用して導入された新しい機械によって構成されています。他府県産のラインと機能は同じですが、松川浦産のラインに導入された機械のほうが処理スピードが速く、1.5倍から2倍の処理能力があるといいます。

万葉集にもうたわれた松川浦では今も復興工事が続いている
万葉集にもうたわれた松川浦では
今も復興工事が続いている

「2018年2月に、ようやく松川浦のアオサノリ漁が解禁となりました。愛知県産のものは冷凍のものを取り寄せていますが、松川浦産のものは生で入ってきます。それらを冷凍製品もしくは乾燥製品として出荷しています。2019年のシーズンは収穫量が増える見込みなので、処理能力の高いこの機械を使って、売り上げ倍増も狙えるのではないかと期待しています。」

工場を復旧させるも入ってくる原料がゼロに

マルリフーズの事務所の神棚を見上げると、木の色が変色している部分が確認できます。これは東日本大震災の津波による浸水の跡です。

神棚に残る津波の痕跡。天井まであと数十センチという高さ
神棚に残る津波の痕跡。
天井まであと数十センチという高さ

「地震があった後、念のため従業員を帰しましたが、まさか津波が来るとは思っていなかったので私は一人で事務所に残っていました。津波が来た頃にはもう逃げ場を失ってしまい、私は事務所の中で津波にのまれました。周りのものにつかまって運よく無事でしたが、あと30センチ津波が高かったら助からなかったと思います」

津波が引いた後、稲村さんはしばらくの間、避難所や知人が経営する旅館で寝泊まりをしていました。被災した工場や事務所の片付けには3カ月から4カ月ほど費やし、建物の修復には約1年かかったといいます。

しかし、原発事故の影響はそれより長く、深刻なものでした。

マルリフーズで製品化された愛知県産の乾燥アオサノリ
マルリフーズで製品化された愛知県産の乾燥アオサノリ

「震災前まで、相馬は全国有数のアオサノリの産地でした。しかし震災後、出荷がゼロになり、当社も仕事ができない状況に陥りました。他県の産地に原料を分けてもらえないかと頼んで回りましたが、断られるばかり。納品まで話が進んでいたにもかかわらず、土壇場で『やっぱりハンコ押せません』と話がひっくり返ることも何度かありました」

それでも愛知県の業者からまとまった原料を買わせてもらうことができたマルリフーズは、業務用加工から仕事を再開させ、徐々に生産量を増やしていきました。

安全を追求し消費者に安心を与える商品作りが、復興の礎となる

稲村さんがマルリフーズで働き始めたのは、44歳の時のこと。それまでは東京で水産加工とは縁のない業界で働いていました。

「私は大学進学のため上京し、そのまま東京で働き続けていました。ところが父から戻ってくるようにと言われ、数年仕事を経験したのち、経営をバトンタッチしてもらいました」

他業種から入って来た稲村さんが最初に着手したのが、衛生面の強化でした。当時は今よりも衛生管理が厳しくない時代でしたが、これからは安全で消費者に安心を与える(安全・安心な)商品作りにシフトしていくべきだと早い段階で感じていたのです。

パック詰め作業も行われている工場内は衛生管理が徹底されている
パック詰め作業も行われている工場内は
衛生管理が徹底されている

「業者がうちに原料を売ってくれるのは、信用を積み重ねてきた結果。安全・安心な製品を出していることが、信用という宝になっています。今回の導入機器のおかげで、評価がさらに上がっているのを実感しています」

どこよりも異物除去にこだわっていると自負する稲村さんは、水産加工業界全体にも安全を広げたいといいます。

「うちはアオサノリに味を付けているわけではありません。だから売りと言えば、安全・安心な良いものを作っていくということ。これしかありません。風評被害は今も続いていますが、自分たちだけでなく、業界全体が安全の面でレベルアップしていけるように行動していきたい。それが被災地を早く復興させることにもつながると思います」

株式会社マルリフーズ

〒976-0025 福島県相馬市岩子字坂脇77
自社製品:あおさのり(冷凍製品・乾燥製品)

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。