大船渡市街地から車を走らせること20分。リアス式海岸沿いの峠を越えた先に、コタニ(岩手県大船渡市)の工場があります。小さな川沿いののどかな場所に工場を構えていますが、同社の本社と営業所は東京。社長の小谷幸治さん自身、東京生まれ東京育ち、東京在住です。
「事業を興したのは、私の祖父です。北陸出身の祖父は、終戦後に東京でワカメをはじめとした海藻類の加工業を始めました。しかしやがて東京の工場だけでは注文に間に合わなくなり、大船渡にあった工場を他社から譲り受け生産を始めました。現在は、大船渡の工場ですべての加工を行っています。県内沿岸の漁協からワカメを仕入れて、この工場でワカメの裁断と塩抜きなどをし、乾燥製品や生の湯通し塩蔵製品として出荷しています」(コタニの社長、小谷幸治さん、以下「」内同)
コタニでは主に業務用の乾燥ワカメを作っているそうですが、取引先からの要望に応えて、小分けのパック製品も作っているといいます。またワカメ以外の海藻類も扱っており、海藻ミックス製品もラインナップに並びます。需要としては、賞味期限の長さから塩蔵製品よりも冷凍製品、冷凍製品よりも乾燥製品が多いのだそうです。
東日本大震災当日、小谷さんの父・善次さん(コタニ会長)は、取引先との打ち合わせのため、たまたま東京から大船渡に来ていました。地震があった時は、大船渡魚市場の近くにいたといいます。
「会長はそこから工場に戻ろうとしましたが、海岸側の道路はすぐに通行止めになり、山のほうから遠回りしてこの地区に入りました。しかし津波で運ばれてきた瓦礫がすごくて、工場にはたどり着けませんでした。このあたりは津波でどこも2階部分まで浸水。周りの民家は全壊し、うちの工場も海側は壁が破壊されました。目の前の川と近所の小学校の校庭は瓦礫でいっぱいでした」
コタニの従業員は、山の上の中学校に避難していたため無事でした。小谷さんは普段は東京の本社で執務し大船渡の工場にはいないため、日頃から「津波注意報が出たら避難するように」と指示していたそうです。善次さんは夕方には従業員らと合流したものの、交通機関がストップしたため、1週間ほど東京に帰ってこれなかったそうです。
「私自身は、4月上旬になってようやく車で大船渡に来ることができました。3日か4日大船渡に滞在して、東京に戻って営業活動を行い、また1週間後に大船渡に来るということを、2ヶ月あまり繰り返していました。でも泊まるところがないので、来た時はいつも車で野宿です。従業員たちは、家か避難所で生活をしていました」
小谷さんと従業員らの間でまず話し合ったことは、今後も仕事を続けるかどうかということ。津波で工場は全壊し、機材もそのままでは使えない状態。それでも「自分たちも頑張ろう」と話がまとまり、工場の存続が決まりました。
「幸いだったのは、この地区の土木建築業者が市の要請が来る前から、海のほうから順に片付けを始めていたことでした。そのため瓦礫の撤去自体は早かったと思うのですが、インフラ整備には時間がかかりました。一般家庭への復旧が優先だったこともあって、工場に水が通ったのは震災から約1ヶ月後、電気が通ったのは7月くらいです。9月下旬になり、工場の一部を再開することができて、やっと先が見えてきたという感じでした」
修理に時間を要する機械も多く、工場で主要な機械を動かせるようになったのは12月のこと。翌年の2月になってようやく、岩手産の原料が収穫されていない事もあり、九州産のワカメを使って本格稼働に入りました。 「原料のワカメの価格は、震災前に比べて1.5倍ほどに上がっています。また収穫量は、震災の前年がたまたま少ない年で、今はだいたいそれと同じくらい。ですので、震災前の収穫量の多かった頃と比べると、まだ量は少ないなという印象です」
震災から数年が経ち、取引先からの注文は徐々に回復していましたが、生産量を増やすために求人募集をかけてもなかなか人が集まらない状況が続きました。また、ベテラン従業員の高齢化も進み、力仕事が多い生産工程を見直す必要がありました。そこで小谷さんは販路回復取組支援事業の助成金を活用し、海藻類の加工に欠かせない撹拌機(塩からめ機)や脱水機とともに、従業員の作業負荷を軽減し効率を高めるための機材を導入しました。
「原料のワカメを機械で洗浄した後、脱水機にかけますが、脱水前のワカメは重いので、それを移動させるだけでも大変な作業でした。製品化してそれを詰めたダンボールも1箱15キロあります。これまで重いものを人間が運ぶ作業が多かったのですが、移動が簡単にできるように製造ラインにローラーコンベアや移送ベルトを導入しました。また、ダンボールに封をする封函機(カートンシーラー)やウェイトチェッカーの前後にも移送ベルトを導入し、作業の負担軽減につなげています」
「撹拌機にワカメを入れる口は少し高い位置にあるので、これまでは従業員がワカメを持ち上げなければなりませんでした。しかし昇降機を導入したことで、低い位置から持ち上げる必要はなくなりました。これにより力仕事に不安のある年配の従業員でも、作業しやすくなりました」
販路回復取組支援事業の助成金を活用した導入機械の中には、新製品の開発につながるものもありました。乾燥させたワカメを細かくする粉砕機には、従来のものとは異なる替え刃を導入しています。
「海藻類を細かくカットしたものが欲しいというお客さまの要望があり、粉砕機用の新しい替え刃を導入しました。従来のものは、材料をすりつぶしてしまうような刃でしたが、具材の形状を残して細かく加工するための特別な刃です。これを使えば、たとえばふりかけ用の細かくてやわらかいカットワカメを作れます」
従業員が高齢化しても働きやすくするための機械が入り、新製品を作るための機械も入った。続く課題は、営業面の強化です。
「2、3年前から取り組んでいるが、外食企業への営業です。すでに居酒屋チェーンやうどん店などでうちのワカメを使ってもらっている事例もあります。季節限定メニューのケースもありますが、短期間でも『よかったね』という評価をもらえれば、全国に広がっていくんじゃないか。海藻類は惣菜や煮物にも使えるので、需要の拡大している中食市場にも可能性があると思います。岩手のワカメはおいしいと自信を持って言えるので、もっと広めていけたらと思います」
年に何度か物産展にも出店している小谷さんは、その場で『お宅の製品はお店で買えないの?』と聞かれることもあるのだそうです。コタニの製品は小売店には置いていなかったため、そうした要望に応えて通信販売も開始。今後は自社製品をさらに広めるため、百貨店や駅ナカなどの開拓も視野に入れながら、岩手産ワカメをはじめとした自社製品の拡充を図ります。
岩手工場
有限会社コタニ
〒157-0064 東京都世田谷区給田4-30-22(本社)〒022-0211 岩手県大船渡市三陸町綾里字平舘10-3(岩手工場) 自社製品:乾燥ワカメ、生ワカメ、各種海藻類製品
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。