販路回復 ・ 助成事業 ・ アドバイザーについて、
まずはお気軽にご相談ください
ご相談のお申し込みはこちら
企業紹介第61回茨城県ヨシエイ加工株式会社

フカヒレの「平干し」に詰め込む、海の恵み山の恵み

標高895メートルの室根山から吹き下ろす「室根おろし」は、北上山地の冷たく乾いた空気をふもとのまちに運んできます。この風は時に厳しい寒さをもたらしますが、一方で、良質な干物を作る源にもなっています。気仙沼名物のフカヒレも、天日干しのものは北西の風、室根おろしによって乾燥、熟成されているのです。

	フカヒレづくりを日夜研究する村上和子さん。村上芳二郎社長の長女でもある
フカヒレづくりを日夜研究する村上和子さん。
村上芳二郎社長の長女でもある

乾燥機を使っての干し加工が増える中、ヨシエイ加工(宮城県気仙沼市)は今も天日干しにこだわっています。同社取締役管理部長の村上和子さんは、天日干しを続ける理由をこう語ります。

「決して他の方法を排除しているわけではありません。自分たちが作りたいものを実現するためにベストな方法は何かと考えた結果、いろいろな方法がある中で、現在の当社にとっては味もコストも天日干しが一番だということです」(村上和子さん、以下同)

その天日干しにもいくつかの方法があります。一般的に知られているのは、より早く乾く吊るし干し。しかしヨシエイ加工は乾きの遅い「平干し」を採用しています。天候次第ではフカヒレを腐らせてしまうリスクもあるというこの手法を採用しているのはなぜでしょうか。

「当社では基本的に、夏に仕入れて冷凍保管しておいたフカヒレを、11月から2月のおよそ3カ月の間、外で平干しにしています。その間、まんべんなく乾くように、2日か3日に一度はひっくり返さなくてはいけません。風が吹かない状態が続くとフカヒレを腐らせてしまうので、迅速な状況判断が求められますが、平干しでじっくり熟成させることでフカヒレの旨みや香りを引き出すことができます」

	定期的にひっくり返すことで、フカヒレはゆっくりと乾燥、熟成していく
定期的にひっくり返すことで、フカヒレはゆっくりと乾燥、熟成していく

平干し加工では、地面から上がってくる蒸気をフカヒレが吸うこともあります。「ただでさえ乾きにくい平干しなのに水分を吸ってしまっても大丈夫なのか」と思うところですが、村上さんによると、この現象もフカヒレをおいしくする要素の一つなのだとか。ずっと乾かしっぱなしでいるよりも、水分を吸ったり吐いたりして伸縮を繰り返したほうが、いいフカヒレに仕上がるのだそうです。

命の次に大事なものは、「会社のハンコ」だった

ヨシエイ加工の工場は、気仙沼の市街地から6キロほど離れた山の中にあります。震災を機に現在の場所に移転してきましたが、以前は海のすぐ近くに工場がありました。村上さんは、旧工場での被災体験をこう語ります。

「地震の瞬間、私は工場で出荷の準備をしているところでした。プレハブの2階にいたので、メリーゴーラウンドかというくらいに視界が大きく揺らぎました。『宮城県沖かな』と直感した私は、会社の印鑑を取りに工場隣にあった自宅に戻りました」

この時、村上さんの頭の中では、昔から聞かされてきた『津波は10分で来る』という言葉が繰り返されていました。印鑑を手にした村上さんは、自分の大切な私物も持っていきたいという気持ちを抑えて、工場の向かいにある伯父の会社の建物に逃げ込みました。

「伯父の会社の建物は鉄骨で頑丈なので、何かあったらそこに逃げるようにと言われていました。実際、当社のプレハブは土台を残して津波で流されたものの、その建物は残りました。ただ、屋上にいた私たちの足元まで津波が来ていたので、本当に危なかったと思います。土煙で周りは見えなくなった時は、もうみんな助からないと思った。そして津波の次は火事。一緒に避難していた人たちの中で自分だけが『怖い』とはとても言えず、その時はただ、こっちに火が来ないようにと祈っていました」

村上さんたちは結局、翌日の昼過ぎまで建物の屋上にいました。地震から3日ほどは、繰り返し津波が来ていたといいます。養殖いかだが流される様子を見て海の動きを察知し、住民同士で「逃げろ」と声を掛け合っていたそうです。

津波の脅威が去った後も、村上さんが休まることはありませんでした。自分だけでなく、会社の従業員たちの生活も考えなければなりません。手元にある会社の印鑑が意味を持ったのは、この時でした。

震災当時、従業員に給料を出せなった被災企業の中には、従業員を一旦解雇扱いにして、失業給付金を受給してもらった会社も少なくありませんでした。会社は離職票を用意しなければなりませんでしたが、それを作るのに必要なのが会社の印鑑だったのです。

「津波で印鑑をなくしてしまった会社も多かったと思いますが、うちはそれがあったおかげで一早く離職票を作ることができました。印鑑がないと、手続きのために100キロ以上離れた仙台の法務局まで行かないといけませんが、そのための移動手段を確保するのも当時は困難でした。この時ほど『会社のハンコは大事!』と思ったことはありません。それにもう一つ付け加えるなら、スタンプ台。文房具屋さんも被災しているので、それを買うにも遠くまで出かける必要がありました」

震災の翌年、ヨシエイ加工は現在の場所でフカヒレづくりを始めました。その時はまだ工場もありませんでしたが、2013年には無事、新工場も完成。ヨシエイ加工の本格的な復興が始まりました。

2年の休業で失われた販路を取り戻すべく

山に移転したことにより、「結果的には以前よりもいいフカヒレが作れるようになった」と村上さんは話します。しかし2年のブランクを埋めるのは簡単ではありませんでした。震災後、多くのフカヒレ問屋がリスク回避のため輸入物のフカヒレに切り替えました。休業している間に、ヨシエイ加工の販路も狭まってしまったのです。村上さんたちは新しい販売先を探し始めましたが回復には至らず、水産加工業販路回復取組支援事業の助成金を活用して、多様な注文に対応するための機材を導入しました。

	生産のボトルネック解消につながったスチームボックス
生産のボトルネック解消につながったスチームボックス

「一度に大量に蒸すことのできるスチームボックスを導入した結果、一日の生産量が100パックだったところ、700パックまで作れるようになりました。現在、日産300パックほどですが、最大の能力が上がったことで大量注文にも対応できるようになりました。これまでボトルネックになっていた工程なので、スチームボックス導入の効果はとても大きいと思います」

ヨシエイ加工の商品ラインナップには、自家製タレで味付けされているものもあります。元料理人の従業員が開発したそのタレは、あっさりした甘めの醤油味。冷やし中華用にも使えます。このタレをパックに充填する作業は、これまで人の手により行われていましたが、充填機を導入することで10人必要だった作業が3人で済むようになりました。充填作業がスムーズになったことで、商品バリエーションにも幅が出てくるかもしれません。

	タレの充填が機械化された「味付きふかひれ 醤油」
タレの充填が機械化された「味付きふかひれ 醤油」
	導入した充填機
導入した充填機

また、販売の窓口でもあるホームページもリニューアルしました。単に自社製品を紹介するだけでなく、気仙沼のフカヒレのイメージを向上させるためのコンテンツも用意しました。

	明るくシンプルなデザインのホームページ。村上さんが撮影した写真も
明るくシンプルなデザインのホームページ。村上さんが撮影した写真も
	展示会等のイメージアップ用ポスターパネルも作成
展示会等のイメージアップ用ポスターパネルも作成

中華料理店や近隣のホテル、旅館などにも営業をかけているという村上さん。販売網は徐々に広がっているようです。

和洋中の料理人にフカヒレをもっと使ってもらいたい

高級食材の代名詞ともいえるフカヒレですが、ヨシエイ加工では高級品はもちろん、1枚数百円のお手頃価格のものも販売しています。

「フカヒレの値段は大きさだけでは決まりません。同じ中華料理でも、広東料理では糸が太くてきらきらしたモノがよしとされますし、四川料理では形の良さが決め手となります。当社はフカヒレ専門店として、形も大きさも品質も、いろいろなものを用意しています。お手頃なものを用意しているのは、それを使って料理人の方にどんどん試作品を作ってもらいたいからです。中華だけでなく、和食、洋食の料理人さんにも使ってもらって、フカヒレ料理をもっと多くの人に食べてもらいたいですね」

ヨシエイ加工のフカヒレは、基本的には業者向けに販売されていますが、一般消費者からもたびたび問い合わせがあるといいます。村上さんは、フカヒレ料理への興味の高まりが、新たな需要の発掘につながるのではないかと期待しています。

祖父の代から始まったフカヒレ商売は、村上さんの父と伯父がそれぞれ会社を立ち上げて引き継がれ、今に至ります。村上さんは父・芳二郎さんから、「俺と同じことはするな」と言われているのだそう。この言葉をどう捉えているのでしょうか。

「この会社を立ち上げた父と同じことができるとは思っていません。背伸びせず、自分がやるべきことをしっかりとやっていきたいと思います。『お前がダメにした』と言われないようにしないと(笑)。普段意識するようにしているのは、従業員や取引先など、周りの人のことを考えて動くということ。そうすると、周りの人も自分を助けてくれやすいんです。特製タレの開発など冒険的なこともありますが、あくまで地に足をつけてやっていきたいです」

室根おろしが吹くこの場所で、平干しの熟成スピードのようにじっくりと、歩みを進めていきます。

ヨシエイ加工株式会社

〒988-0156 宮城県気仙沼市松崎下金取25-1
自社製品:原ビレから味付き商品まで、フカヒレ全般

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。