工場では、サバの水煮缶の製造がフル回転で行われていました。
「当社の自社製品では、主に11月、12月、1月のいちばんおいしい時期に獲れたサバだけを使い、品質のよい商品を年間通して供給することをめざしています」と話してくれたのは、株式会社髙木商店、現在五代目の代表取締役社長、髙木安四郎さん。
同社は昭和初期に現在本社工場を構える茨城県神栖市波崎(旧波崎町)で創業。当時は、煮干しや、魚粉と呼ばれる飼料を製造していました。戦後には漁業部を併設、サンマ漁をしていたこともあったそう。1956年に、漁業部を閉鎖、冷蔵庫を新設し冷凍部門を立ち上げ、翌年、法人を設立しました。1961年には、魚類缶詰工場を新設、マルハ(現マルハニチロ)株式会社の協力工場として、操業を開始、現在は、自社製品を含むサバ、イワシ、サンマなどの缶詰製品を1日10万缶以上製造する缶詰メーカーです。また、冷凍部門では、ともに車で10分ほどの千葉県・銚子港、茨城県・波崎港で水揚げされる魚を中心に、加工用原料、養殖飼料向けの冷凍品を製造しています。
自社の缶詰製造にあたっての同社のこだわりは、「一番おいしい時期の魚だけを使う」こと。このこだわりを徹底して維持できるのも、自社ならではの強みがあるからだと営業の豊島光伸さんは言います。
「同じサバを仕入れても、大型、中型のサバは単価の高い鮮魚向け出荷や冷凍加工原料、自社缶詰原料向けに選別を行い、小型のサバは、冷凍して輸出向けおよび養殖餌料向けと分けています。当社は、仕入れた魚を用途ごとに冷凍する選別ラインと缶詰製造ラインと2つを持っています。この2つを持つ会社は少なく、そのため買い付けに自由が効きます。つまり、たとえば缶詰メーカーが、缶詰にするのに適したサイズのサバが欲しいのに、大型と小型が混ざっていたり、イワシとサバが混じっていたりすると買えません。当社は、選別してほかの用途に回せるため、水揚げされた魚の大きさ、種類にこだわらず、欲しい魚の仕入れができるという強みがあるのです」(豊島さん)
2011年の震災時には、同社が建つ茨城県神栖市でも大きな揺れがあり凍結庫や倉庫が破損、事務所の壁もはがれるなどの被害があり、事務所は大規模な修繕が必要になったそうです。
そして震災後は、水揚げの状況にもさまざまな変化がありました。同社の主力商品原料であるサバを例にすると、福島県沖で巻き網船の自主的な禁漁が行われたり、資源保護休漁の効果もあり、2015年には豊富なサバ資源が確認されましたが加工用途に不向きな小型のサイズが主体となっていました。
そのため、売上単価の低い養殖餌料用途が増加し、単価の高い鮮魚向の販売や、加工用途への販売が減少。震災前の売上構成比は、缶詰製品65%・冷凍製品35%でしたが、缶詰製品84%・冷凍製品16%となっています。冷凍製品の売上を回復させ、自社缶詰製品の原料とする中型のサバの不足分を仕入れるためにも、仕入れた魚の処理・冷凍能力を増強する必要があったのです。
また現在は、資源保護休漁という方法がとられるようになり、以前は週6日行われていた漁が、隔日、週に3日に。これにより、毎日水揚げされていた時は、200トン/日の冷凍能力があればよかったところを、水揚げのある日に大量に仕入れ、冷凍し、缶詰用はじめ用途に応じた原料を選別、確保する必要が生じたのです。
そこで、冷凍能力増強のため、支援事業を利用してアンモニア式冷凍機1式、コンデンサー1式を導入。冷凍処理能力が従来の230トン/日から、320トン/日に増加。原料確保はもちろん、「いちばんおいしい時期の魚だけを使った缶詰を、年間通して安定供給する」という同社が大切にしている物づくりの条件と、来期以降の冷凍製品の販売量増加も期待できることとなったのです。
さらに、冷凍・処理能力増強のために取り組んだのが、労働力不足を補うための省人化です。
凍結した魚をパンから出し、積み上げていくのは、とても労力のいる作業ですが、その工程を自動投入機1式と自動製品積機1式を導入したことで、機械化、従来は16人で行っていた脱パン作業を最低で6人で行うことが可能になりました。また、脱パン作業に人員をとられるため、従来は生魚の処理と冷凍品のラインを同時には稼働できない状況がありました。省人化を実現した結果、その日の仕入れ状況に合わせ、この2つを同時に稼働できるようになったことも、工場稼働率と生産力アップにつながりました。
2年前の2015年当時、150gから200g程度だった小型サバが、2017年の現在では、250g~350グラム程度の中型サバに成長。漁獲も中型サバが主体となりましたが、2年前に導入を検討し冷凍能力を増強しておいたことが功を奏し、昨今の缶詰製品の需要の高まりによる生産数増大にも対応できるようになりました。
同社は、缶詰製造を始めてから大手水産加工業者の受託生産100%で稼働していましたが、2007年に「うちでしか作れない商品を作ろう」と自社販売製品の製造を開始しました。
「自社製品をつくるならば、地元茨城県の農産物とコラボして、茨城県に貢献できる商品をつくろう」と話し、初めて完成したのが、『ねぎ鯖シリーズ』です。秋から冬に水揚げされる脂がのった大型の真サバと茨城県産のねぎを組み合わせた缶詰で、醤油だれ、味噌だれ、塩だれの3種類の味付けを販売。農家から収穫したてを直送してもらっているねぎの風味をいかした味付けが好評で、10年間製造を続けるロングセラー商品となっています。
髙木商店初めての自社製品でロングセラーの「ねぎ鯖シリーズ」
さらに、銚子港、波崎港まですぐ、という地の利と選別ラインと缶詰製造のラインの2つをもつ同社の強みを生かし、サバの鮮度にとことんこだわった製品が「朝獲れシリーズ」です。
一口食べてみると、まず、サバの味に驚きました。缶詰というと、なにも食材がないときの急場しのぎ、と言う印象を持っていましたが、脂ののったサバの身はしっとりとやわらか。何より味が濃く、魚臭さもありません。「朝獲れさば水煮」の材料はサバと水と塩のみ。保存料も余分な調味料も使わない、まさに素材の旨みだけで勝負した品。急場しのぎどころか、贈答用、家族がそろう特別な日の夕食のメインの1品としてもぜひ活用したい逸品でした。
「朝獲れシリーズは、その日に仕入れた商品をその日のうちに加工、缶詰にするというもの。朝に原料を買い付けして、午後にすぐに製造を開始するのは鯖の季節的な品質や、気候、買い付けタイミングが深くかかわってきます。また、それらのタイミングが合ったときの、急な買い付けに対応できる工場の即応性も求められます。このように、ハードルの高い商品ですが、『このおいしさを伝えたい』という一心で、製造を行っています」(豊島さん)
ほかにも、エクストラバージンオイルとニンニク、トウガラシで煮込んだ「焼き鯖のアヒージョ」や厳選したイワシと茨城県神栖市特産のピーマンを丁寧に煮込み、グリーンカレー味仕上げた品など、「おいしい魚をいろいろな味で楽しんでほしい」と開発した商品など、そのラインナップは多彩です。
2016年度は、東北の缶詰メーカーの復興、再開などで缶詰業界全体の供給力が需給バランスを超えるほど増加、直近の缶詰部門の売上高は、前年度から10%減とのことですが、2017年度に入り、受注、生産数が伸び、取材時の同年12月現在、製造すればたちまち出荷という状況が続いているという同社。生産数も売上、も前年度よりも増加が見込めるそうです。
「今後もさらに省力化を図って、検品や異物混入のチェックなど、人間の目が必要な箇所に注力させ、競争力を高めていかないといけません。そのために、来年度は現在、人力で行っている箱詰め作業の機械化を行う予定です。いつ食べてもおいしい、という高い品質を安定して継続する努力を続けることで、確かな『信用力』を得たいと思っています。ただ、今回、導入した機器により生産力は増強しましたが、自然のなかで生きる魚を相手にしていますので、水揚げされる魚種やサイズなど思惑通りになるとはかぎりません。でも、こうやって毎年毎年違うからこそこの仕事は飽きない。つねにその時できるベストな判断を続けていくことでしょうね」(髙木さん)
「ほかにはない商品を作る」。老舗としての看板を守りながら、変化に対応していく姿勢で、今後も髙木商店ならではの商品を作りつづけていくのでしょう。
株式会社髙木商店
〒314-0408 茨城県神栖市波崎8704-1 自社製品:サバ・サンマ・イワシ缶詰製品、缶詰・加工原料、養殖餌料向け水産冷凍品
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。