水野水産の創業は1940年。代々、練製品を手掛け、現在、専務取締役を務める水野武仁さんで三代目になるそうです。震災前までは、お弁当向けの惣菜など、比較的廉価な製品を業者向けに製造・販売していた水野水産。現在でも売上の中心はそれらの商品ではありますが、震災後、自社の特徴がより発揮でき、高価格での販売が見込める商品の開発に積極的に取り組むようになりました。
「震災後、製造再開まで2年ほどかかったので、今までの販路は、ほとんどなくなりました。今までの取引を回復させるだけでなく、何か新しいことを始めないと復活はできないと悟りました」(水野武仁さん・以下「」内同)
被災した工場。ほとんどの機械、資材は使用不可能だった
水野水産の本社工場が修復完了し、本格的に製造を再開したのは2013年。かつての取引先に出向いたものの、すでに別の会社との取引が常態となっており、販路を回復するためには厳しい価格競争に巻き込まれることを余儀なくされました。また製造を開始するまでの間に、人材が流出してしまったことも困難に拍車をかけました。
「工場が再開するまで、従業員は一時解雇するしかありませんでした。ようやく再開できて再雇用、と思っても、別の道を選んでいる人も多く、結局以前の従業員は半分しか残りませんでした。その状態で大手さんと取引をすると生産量の点などで十分対応できないなど不安な点があり、どうしようかと頭を抱えていた時に、たまたま見つけた情報があったんです」
全国かまぼこ連合会のHPで水野さんは「牡丹焼ちくわの発祥は石巻と言われている」ことを知ります。さらに詳しく調べてみると、石巻では、明治37年からちくわの生産が開始され、早い段階から牡丹焼ちくわの製造が広まったそうで、実際に明治45年の段階で、60軒以上の牡丹焼ちくわの製造業者が存在しており、大正期に入ってからは青森に拠点を移した製造業者もあったようです。
それを知った水野さんは、すぐさま石巻におでん文化を広める活動を開始。JR東日本仙台支社、石巻魚市場、石巻商工会議所、水産加工会社、食品製造会社、道の駅「上品の郷」、石巻専修大学石原研究室が連携し設立した「石巻フードツーリズム研究会」に入会し、“おでん部会”を発足させ、副会長に就任します。
このおでん部会の活動の中で、石巻専修大学との産学共同で、若者でも食べやすいようにさつま揚げとちくわをバンズにはさんだ「石巻おでんバーガー」や、3社のちくわの食べ比べセットである「ちくわ三兄弟」など目新しい商品を精力的に開発していきます。その甲斐あって、メディアでも多数とりあげられ、おでん部会の参加企業も70社を超えるなど徐々に成果が見え始めているそうです。
「フードツーリズムとしてJRさんが企画しているツアーに、自社の工場見学を組み込み、部会の仲間と一緒に直売会をしたところ20人のお客さんで10万円以上の売り上げがあがりました。1社だけではなくメンバーみんなで盛り上げたいので、今後も色々なツアーを考えています」
さらに部会のメンバー企業とのコラボ商品である藤崎百貨店「オリジナルおでんギフトセット」も開発。おでん部会のメンバー企業から商品を仕入れ、水野水産で製品化していますが売り上げも非常に好調だそうです。参加企業が多くなると調整も大変にはなりますが、「多才なアイディアを持った学生さんや、熱い思いを持った仲間と協力して活動を盛り上げるのは本当に楽しい」と水野専務は語ります。今後は「B級グルメ」として売り込むことも考えているのだとか。
「石巻おでん」を定着させ、練り物を盛り上げようと言う活動の中で、水野水産が最も力を入れている商品が「伝承牡丹焼竹輪」です。震災後、販路回復にあたる中、「安い商品では大手にかなわない」と感じた水野専務が、どうしたら付加価値のあるブランドを生み出せるか、試行錯誤を重ねてできた自信作です。
「安い一般的なちくわしか食べたことがなかった人が、この製品を食べると、“ちくわってこんなに美味しいの?”とびっくりされます。年配の方には“昔の味だ、懐かしい”と言われることが多いです」
伝統的な製法では、ちくわは魚のすり身をそのまま使いますが、現在の食品衛生法では保存性を高める目的と、衛生上の観点から、すり身を一度洗うことが義務付けられているのだそうです。そのため魚本来のうまみがなくなり、それを補うために調味が必要となります。
「伝承牡丹焼竹輪」は、可能な限り原点回帰をしようと、通常のちくわでも用いられるスケトウダラの洗浄したすり身に、うまみの強いサメの生すり身を調味料代わりに加えて製造しているのだそうです。
「明治時代、石巻で牡丹焼ちくわが製造され始めた頃は、アブラツノザメが原料だったそうなんです。生すり身を使うためには衛生環境を整備する必要がありましたが、味の面でも原料の面でも原点に近づきたいと思っています」
この「伝承牡丹焼竹輪」を始め、焼ちくわの製造を活発化させるために、今回補助事業で導入したのがちくわの放冷ライン。それまでの自然風冷却放冷機では、自然風による放冷だったため外気との接触が避けられませんでしたが、今回、強制冷却放冷機を導入することで外気と全く触れることなく放冷作業が完結。衛生面が改善され、より高品質な製品が出来るようになりました。
また業務用商品を製造する際に欠かせないストレッチ包装機、ピロー包装機も導入。今までは包装機の調整に時間がかかっていましたが、全自動になったことで作業効率が大幅に改善されました。併せて金属探知機用選別機も導入。より安全性の高い商品を製造できる体制が整いました。
「売上はまだまだ業務用商品が圧倒的に多いので、そちらの製造を効率的に、確実に行うことが重要です。そうすることで、伝承牡丹焼竹輪のような高付加価値商品の開発ができる時間が出来ます。そして高付加価値商品を、第2の柱となるように育てていきたいです」
石巻の練り物生産量は徐々に減少を続けており、最盛期の1999年には15,000tあった生産量が、2015年には3分の1以下の4500tに落ち込んでいるのだそうです。「伝承牡丹焼竹輪」に関しては、東京の有名百貨店や高級スーパー、仙台の高級ホテルからも引き合いが来始めているものの、「石巻おでん」を有名にし、自社だけでなく、石巻全体を底上げすることが目標の水野さんにとっては、まだまだ満足できるレベルではないそうです。
「石巻おでんは、地元の水産物、農産物、野菜を使うことが決まりなのですが、メニューには縛りはありません。今でもバーガーや、パウンドケーキ、ハンバーグ、カレーなど色々なメニューを提案しています。でも、どんな活動でもやりっぱなしではダメ。皆でアイディアを出し合って、結果が出ない時はきちんと振り返ることが大事だと思っています」
経営学部の学生と協同で行うプロジェクトであるため、現在もきちんと数字で結果を見極めることは重視しているそうですが、地域経済の活性化を高めていくためにはさらに努力していかなければいけないと水野専務は語ります。
プロジェクトが徐々に浸透し始めた現在、第2ステージの活動の参考にするため、「静岡おでん」「富士宮焼きそば」「小田原おでん」など、食での街おこしに成功している地域に研修に行ったり、社会福祉協会と協力し、「身障者の方の雇用に役立つ」取組みを始めるなど、ますます精力的に活動を進める水野さん。「石巻おでん」が全国区になる日も近いのかもしれません。
水野水産株式会社
〒986-0022 宮城県石巻市魚町2丁目5-3 自社製品:さつまあげ、焼ちくわ、笹かまぼこ
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。