寒い冬でも、朝から晩まで冷たい水に触れる大変な仕事――。働く両親の背中を見ながら育ったダイカツ水産(茨城県大洗町)社長の小野瀬勝義さんにとって、水産加工業への印象は決して明るいものではありませんでした。
「学生時代はアメリカのサンフランシスコに留学したり、バックパッカーのように海外を放浪する旅に出たりしていました。長男だからということで家業を継ぐために地元に戻ってきましたが、最初は正直、『あまりやりたくないな』と思っていました。でも、どうせやるなら一流を目指したい。そういう気持ちが湧いてからは、新しいことにもどんどんチャレンジしていきました」
一流になるにはどうすればいいのか。小野瀬さんはまず、大手スーパーとの取り引きを増やすことから始めました。それまでは加工した製品を主に市場に卸していましたが、より消費者に近い取引先と仕事をすることで、ただ魚を加工するのではなく、どういうものが売れるのかを考えながら製品を作る道を模索していったのです。20年ほど前にはこんなこともありました。
「バイヤーさんとの話し合いの中で、干物を3枚入りパックで袋に詰めて販売してみたところ、予想以上にヒットしました。中身は同じでもちょっとしたことでこんなに売り上げが変わるのかと驚きましたね。今では干物の袋詰めも珍しくありませんが、当時はまだ、どこもやっていませんでした。お客さまからは、『余計なゴミが出なくていいね』『1枚ずつ取り出せるから少しずつ食べたい時に便利』といった声が聞かれました」
同じ商品を売るのでも、包装方法を変えるだけで売り上げが変わる。その面白さを知った小野瀬さんは、その後も「ちょっとした工夫」を続けます。
「首都圏のスーパーなどで開かれる物産展では、沼津や小田原などの干物がよく扱われます。大洗地区は水産加工基地としては大きな規模がありますが、干物の産地としては他の地域に比べてブランド力が弱かった。そこで当時流行っていた緑茶のカテキンを使って日持ちをよくした『茶干し』や、日本酒で風味を付けて魚の臭みを抑えた「酒造干し」などを作って商品化しました」
アジやホッケ、サンマ、アカウオなど、大洗港で水揚げされた魚を使った干物は、簡便商品が好まれる時代にもマッチして、ダイカツ水産の定番商品として同社のその後の成長に寄与しました。
しかし消費者の嗜好が変化したことで、干物製品の売り上げは徐々に下降し始めます。それに追い打ちをかけたのが東日本大震災でした。
「港にある当社の冷凍保管庫も地震による津波で大きな被害を受けました。機械や原料がほとんど駄目になってしまい、『もうやめようかな』と本気で考えるくらいでした。でも翌日、30人以上の従業員が片付けを手伝いに来てくれた。家の片付けも大変なのにみんながそこまでしてくれるのを見て『続けよう』という気持ちになりましたが、工場での生産を再開すると今度は風評被害で干物の売れ行きが悪くなりました。売り上げが震災前の半分にまで下がったので、干物以外の焼き魚や煮魚もやっていくことにしたんです」
震災後に生産を開始した「ほっけの塩焼き」
これから力を入れようとしているのが切り身のフライ。小野瀬さんは生産体制を整えるべく、復興支援事業の助成金を活用して魚を切り身にする「骨取り三枚卸機」、フライ製品生産用のパン粉を付ける「パウダーマシン」等を導入しました。
「フライのパン粉は生のものを使用し、食感がサクサクになるようにしています。フライは価格競争の激しいジャンルですが、うちは本物志向のお客さまをターゲットにしていくつもりです。いい素材を使うので原価は高くなりますが、価格競争で勝つことよりも、ちょっとした工夫を入れて加工のストーリーを作っていくことが大事なんじゃないかと思います」
これまでダイカツ水産の売り上げは8割が干物でしたが、今後は焼き魚や煮魚、フライなどの品目を増やしながらラインナップの強化を図ります。
今回導入したパウダーマシン等により生産した鮭フライ加工品(左)と白身魚フライ加工品(右)
後ろ向きな気持ちでこの業界に入りながら、ポジティブに新製品の開発を続けてきた小野瀬さん。一般的にはネガティブに語られがちな高齢化社会も、チャンスとして捉えています。
「コンビニの個食商品はどういう人に買われているのか。データを調べてみると、実は高齢者が多いことがわかったんです。当社は長らく干物メーカーとしてやってきましたが、個々のお客さまのニーズを捉えた新しいことをやっていきたいですね。水産加工業界は、他の業界に比べて遅れている部分も多いので、できることはまだまだたくさんあると思います」
他の業界から学べることもある。そう話す小野瀬さんが新たに始めたのが、近年ブームになっている熟成肉の製法を取り入れた干物の「氷温熟成」です。
「魚を干物にした後、0度からマイナス3度の間で熟成させると、魚のタンパク質がアミノ酸に変わってうまみが増すんです」
これも小野瀬さんの言う加工のストーリー。付加価値を高めるためにできる「ちょっとしたこと」はないか、常に考えを巡らせています。そしてその発想法が、自身の会社づくりにもつながっています。
「私たちは従業員にとって、取引先にとって、そしてお客さまにとっていい会社であることはもちろん、地域の皆さんにとってもいい会社でなければいけません。臭いや排水で地域に少なからず迷惑をかけている私たちは、一人ひとりがそのことを自覚する必要があります。ダイカツ水産では毎朝8時からの10分間、『自分の好きな場所を掃除する』という時間を設けていますが、その時に工場の周囲を掃除する従業員もいます。大したことではありませんが、毎日続けていると、近所の人に『よく掃除しているよね』と褒められることもあります。大きく貢献することも大事だけど、それは全員ができることではない。小さな積み重ねが大事なんでしょうね」
製品づくりも、会社づくりも、ちょっとしたことで大きな違いを生み出す。今も一流を目指し続ける小野瀬さんの歩みは、一歩ずつ、着実に前に進んでいます。
ダイカツ水産 第2工場
ダイカツ水産株式会社
〒311-1301 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町2661-5 自社製品:各種干物、ほっけの塩焼き、さばの西京漬け焼き ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。