「津波を甘く見るな、避難しろ!」
大きな揺れがあった後もイカをさばき続けようとしていたところに、チリ地震を経験していた父親からの一喝。もしその言葉に従っていなかったら、当時工場にいた17人の従業員の身にも大きな危険が及ぶところでした。
マルゲン水産(青森県八戸市)専務取締役の源波信一さんは、当初はそれほど大きな津波が来るとは思っていなかったようです。
「あまりの揺れに驚いて表に出たら、向かいの加工屋さんからも人が出てきていました。私は仕事を続けるつもりでしたが、父からの言葉を受けた後にテレビで三陸の映像を見て、『これは八戸も危ない』と思い従業員を全員帰らせました。私は最後に避難し、トラックを高台に移動させました。やがて襲い掛かってきた津波の第1波はそれほど大きくはなく、フォークリフトがショートして出火する程度でした。ところが第2波は大きな波で、1トンはある鉄製のタンクが工場の天井に押し上げられるほどでした。津波の高さは2.7メートルに達し、工場の1階にあったものはすべて駄目になりました」(源波信一さん・以下「」内同)
被災他県に比べ津波被害が小さい青森県でしたが、八戸港の岸壁に漁船が打ち上げられるなど、一部の地区では大きな被害がありました。マルゲン水産はまさにその地区にある工場。1階にあった冷蔵庫や製品はすべて海水に浸かり、元の状態で残ったのは柱だけ。近くの運送会社からはトラックが3台押し流されてきました。
壊滅的ともいえる状況でしたが、マルゲン水産は震災からわずか11日後の3月22日に業務を再開しています。
「八戸の魚市場は再開が早かったので、うちも早く仕事を始めたいと思っていました。機械がすべて使えなくなっちゃった上に、まだ電気も水も通っていませんでしたが、鮮魚なら冷蔵庫がなくても扱える。そう思って、従業員たちと一緒にがれきの中から出刃包丁や作業台や鮮魚を詰める箱を取り出して、汲み上げた地下水でそれらを洗浄しました」
もともと鮮魚だけを取り扱っていたマルゲン水産。全国各地から注文が入るほど、魚の目利きには定評があります。マダラとナメタガレイを買い付けた再開初日も、無事それらを出荷することができました。
1984(昭和59)年創業のマルゲン水産は、前述の通りもともとは鮮魚の取扱業者でした。年々水揚量が減る中で、天候にも左右されやすい鮮魚一本でやっていくのは経営的にも厳しい。そこで始めたのが加工業だったのです。現在、同社の取り扱いは「鮮魚7:加工3」の割合だといいます。加工用の魚種は、イカやサバといった八戸に水揚げされるものが中心です。
「2016年は原料不足の影響が大きく響きました。イカは3倍の値段がついている。サバもあることはあるのですが、大きさが物足りない。うちでは400グラム以上ないと加工ができません。鮮魚なら500グラム以上ないと売れない。400グラム以上のサバは全体の1割しかないので、加工はゼロではありませんがこの2年ほどは低空飛行が続いています」
それでも源波さんは、加工に力を入れていくといいます。水揚げが減っても生き残っている会社は加工が強い会社だと気づいた源波さんは、復興支援の助成金を活用して加工用の新機材も導入しています。
サケのフィーレなど、一次加工が加工部門の中心である同社が導入した新機材の一つが、ウロコ取り機。大きな魚は大型の機械で、小さな魚はハンディタイプの機械でウロコを取り除いています。ウロコを取るだけでキロ単価が300円上がることもあるといい、売り上げの増加に欠かせない道具になっているようです。
X線検査機も新たに導入しました。
「これがあるのとないのとでは、商品の信用度が大きく変わります。最近はX線検査機を導入していないと買ってくれないお客さまも増えているので助かっています。イカを釣るときの針や船体の金属片が劣化してイカの身に刺さっていることも、なきにしもあらずなので」
津波ですべての機材を失った同社ですが、他にもローラーコンベアを購入するなど、徐々に設備も整ってきました。今後はこれらを活用して、加工の割合を5割まで伸ばしたいと源波さんは言います。また、一次加工品だけでなく、オリジナル製品の開発も行っています。 電子レンジで簡単調理が可能な「鯖のレモンペッパー焼」、八戸港に水揚げされたイカだけを使用した「いかの一夜干し」など。ここでも八戸名物のイカとサバにこだわります。
水揚げが少ない分、加工業でも苦労はありますが、「自分たちのアイデアだけで先走るのではなく、バイヤーの方と一緒に作っていくことが大切」と源波さんは言います。
八戸港には市場が3つあります、サバを積んだ巻き網漁船は第一魚市場に、釣りイカなどの底引き、刺し網漁船は第二市場に、船内凍結を行う冷凍船は第三市場に獲れた魚をおろします。問題はそれぞれ離れた場所にあることです。またマルゲン水産は八戸だけでなく、三沢市漁港市場にも仲買権を持っています。20人ほどの所帯の同社がこれらすべての市場をカバーするのは簡単ではありませんが、それでも毎朝5人が市場に出ているそうです。市場に人を割いているのは、鮮度へのこだわりがあるからです。
「基本的に見えないものは買わないようにしているんです。自分たちの目で確認しないと、どんなモノが来るかわからない。うちは鮮度を売りにしているので、鮮度が落ちやすいイカは八戸にあがったものだけを扱っています。ただ、鮮度が落ちにくいものは柔軟に対応しています。大間からアブラツノザメ、函館や宮古からタラを買うこともあります」
扱いが難しいといわれる活魚の買い付けと出荷も行っています。
「タラ、アンコウ、ヤリイカ、サケ、タコ、カレイ。港に揚がったものは何でも扱っています。魚が元気な状態で出荷するには技術も必要です。市場で買った日は船で運ばれたストレスで魚も疲れているので、一晩置いて回復させてから出荷しています」
活魚のために少しでもきれいな海水を使おうと、源波さんは自らトラックを運転して片道20キロ以上離れた三沢市から海水を運んでいるそうです。
源波さんは、創業者であり父である社長の重信さんから、「しつこさ」と「信用」を大事にすることを教えられたといいます。
「市場で魚をしつこく見て、お客さまにもしつこく電話をしてきました。そうすることで、魚の相場もだんだんと分かるようになりました。関東には顔を合わさないお客さまもいるので、コミュニケーションがより大事です。毎朝、市場に行く前にはお客さまから情報を仕入れています。『昨日送ってもらった魚はいくらで売れたよ』とか、『北海道はその魚が多く入っているから安く買い叩かれるよ』とか。そういうことを知らずに魚を送ると、損をしやすい。いろいろな情報を集めて、市場に少ない魚を買わないと利益はでにくいのです」
源波さんいわく、100万円儲かることもあれば、100万円損することもあるという鮮魚の商売。時にはお客さまの言う通りに動いて損をすることもあるといいます。しかし決してそれで、お客さまを責めるようなことはしません。
「損をしたからといってそこでお付き合いをやめるわけにはいきません。お互いの信頼関係を築くのは『継続』だからです。お客さまの担当者は、もしうちに損をさせてもそのことを覚えてくれている。『この前は損をさせてしまったから、次はいい情報をあげよう』といつか返してくれるものだと思っています」
鮮魚を取り扱ってきたからこその目利きのよさ。そして長い時間をかけて築き上げられた業者との信頼関係。今後マルゲン水産が加工を伸ばしていく上で、これらが大きな強みとなることは間違いありません。
有限会社マルゲン水産
〒031-0822 青森県八戸市大字白銀町字昭和町9-9 自社製品:鯖のレモンペッパー焼、いか一夜干し、ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。