オレンジ色の屋根がひときわ目立つ、地中海を思わせる建物。宮城県気仙沼市の中華高橋水産の工場「ふかふか村」は、太平洋を一望できる高台に建っています。
ここで主に生産されているのは、サメのヒレを乾燥させて加工した中華料理の高級食材、フカヒレ。 サメの水揚げ日本一を誇る気仙沼はフカヒレの産地として世界的にも有名ですが、今、このフカヒレがピンチを迎えているといいます。
「フカヒレの主要消費地である中国でいわゆる『ぜいたく禁止令』が出たことから、アワビ、ツバメの巣と並ぶ高級食材のフカヒレも消費量が激減しています。世界的にも今は“フカヒレ余り”になっていて、魚価が下がってしまっているのが現状です」(中華高橋水産・製造部生産管理課課長の米倉研二さん、以下「」内同)
魚価が下がれば、漁に出る船が少なくなり、水揚げそのものが減ってしまいます。それは加工業者にとって、原料の確保が難しくなることを意味します。現在は、「作りたくても原料が不足している」という状態。そんな中で中華高橋水産が選んだ道は、「原料を最大限に活かすこと」でした。
サメ一匹の重量のほとんどは肉部分です。 同社は、これまであまり注目されてこなかった肉部分の価値を高めることで、原料不足の問題を乗り越えようとしています。
「実はサメ肉の活用については10年ほど前から取り組んでいました。さらに2年ほど前からは積極的な商品開発を行うようになりましたが、『サメ肉だからいいんだ』と思われないとなかなか食べてもらえません。そこで27年度の補助事業を活用し、専門家の方々の協力を得ながら、研究、コンサルティング、マーケティングのソフト面から、サメ肉をもっと食べてもらうための取り組みを進めています」
3本柱の一つ「研究」とは、サメ肉を食べることがどれだけ美容や健康に効果があるのか、科学的なアプローチを取ったことです。中華高橋水産では、コラーゲンなどの機能を研究する京都大学大学院の佐藤健司教授(食品科学、食品機能学)に“サメ肉食”の研究を依頼。佐藤教授は、サメ肉を食べた後の血中のコラーゲンペプチド成分が、同様成分のサプリメントを摂取したときと同等の効果があることをデータで実証しました。
「サメ肉は高タンパク、低カロリー、そしてコラーゲンを豊富に含んだ食材で、美容や健康にもいいといわれます。科学的にも美容・健康効果が期待できるとなれば販路が獲得しやすくなるので、佐藤先生の研究成果は私たちにとっても大きな意味があったのです」
同社と佐藤教授はさらに、『コラーゲンつみれ』の開発も行いました。 コラーゲンつみれは二層構造になっていて、熱を通した状態で二つに割ると中からコラーゲンがトロリとあふれ出ます。外側はサメ肉、その中にはコラーゲンを多く含むサメの皮や、膝関節症の改善効果があるとされるコンドロイチンを含むサメの骨が入っています。コラーゲンつみれはサメの肉から皮、骨に至るまで、原料を総動員した製品でもあるのです。
このコラーゲンつみれを使った「コラーゲンつみれの酸辣湯(サンラータン)」はナチュラルローソンでテスト販売され当初2か月間で売り切る予定が1か月ほどで売り切れてしまったそうです。
そのナチュラルローソンとコラーゲンつみれをつないだのは、中華高橋水産がミールプロデューサーとして迎え入れた管理栄養士・食生活アドバイザーの堀知佐子氏。2つ目の「コンサルティング」とは、堀氏にサメ肉を使ったレシピの開発を依頼したことです。
「堀さんはアンチエイジング料理のスペシャリストで、サメ肉の豊富なコラーゲンを活かしたレシピを考えてくださいました。サメ肉のカラーピーマン詰め、しぐれ煮などは雑誌にも紹介されたんです」
『日経ヘルス』(日経BP社)2016年2月号の特集記事「さめ肉は肌と骨を守る女性の味方」では、中華高橋水産の髙橋滉社長も取材を受けました。佐藤教授の研究や堀氏のメニューも紹介されたこの雑誌記事を、3つ目の「マーケティング」にも活用して、サメ肉のさらなる普及を目指します。
「サメ肉は食べたことがない」という方も多いかもしれませんが、実はサメは日本人によく食べられている魚の一つ。寒い季節に恋しくなるおでんの定番メニュー、はんぺんや竹輪の原料にもサメ肉が使われています。
「『サメって食べられるの?』という人もまだまだ多いので、先ほどのコラーゲンつみれ以外にもオリジナル製品の開発を進めています。魚の価値というのは、加工された状態によって価値が異なり、刺身、切り身、すり身の順で安くなります。これまではすり身の状態に加工していましたが、今後は価値の高い切り身への加工も増やしていく考えです」
切り身加工から生まれた商品が、「サメ正肉卵白漬け」。 フワフワした食感で食べやすく、子供にも好かれそうなおいしさ。
実際に都内のレストランや水族館のフードコートなどに出荷されており、人気を博しているといいます。
しかしサメの一大産地でありながら、気仙沼の地元の人たちはサメ肉をあまり食べないといいます。 他にも魚資源が豊富なことから、“ライバル”たちとの競争もあるのです。
「でも悲観はしていません。子供のうちからサメ肉に親しんでいれば、サメ肉料理が定番メニューになることもあると思います。今後は小籠包などの中華料理にもサメを使って、コラーゲン点心なども作ることができればと思います」
東日本大震災では、海抜15メートルの高さにある「ふかふか村」でも津波の被害を受けました。 海に面した棟で1メートルほどの冠水。半壊で建て直しの必要はありませんでしたが、しばらくはここでの生産をストップせざるを得ませんでした。
「当社の工場が止まることで困るお客さまもいます。自然災害とはいえ私たちには供給責任があるので、復旧を急ぎました。この工場での製造を再開できたのは11月からですが、それより前の5月から、こちらの従業員5名ほどを東京に派遣して、間借りした工場でフカヒレの製造を始めていました」
フカヒレがなぜ高価な食材なのか。 それは加工において、時間も手間もかかるからです。魚体から切り取られたヒレは、皮や軟骨、肉部分を落とした後、時間をかけて硬くなるまで乾燥させます。また、調理前に水で戻すのにも手間暇がかかります。
中華高橋水産では、このフカヒレを引き続き主力に据えながらも、既述の通りヒレ以外の部分の活用を進めます。その生産能力を高めるために、サメ肉に含まれるアンモニアの臭気を飛ばすための遠心脱水機、サメの皮を剥くためのサメ皮剥き機、それをカットするマルチカッター(スライサー)など新しい機材も導入しました。
上段左から遠心分離機、サメ皮剥き機、下段左、マルチカッター(スライサー)いずれも27年度補助事業により導入
同社は、原料不足であっても「気仙沼のサメ」を使うことにこだわり続けます。なぜでしょうか。
「サメを獲った後、ヒレ部分だけを切り取って魚体を海に捨ててしまうフィニングが世界的にも問題になっています。でも気仙沼の船はそういうことをしていないということが分かっているので、気仙沼のサメを使うことにこだわっています。一部スペインからの輸入もありますが、その輸入元も20年以上の付き合いの中で、そういうことをしていないという確認が取れている業者だけと取り引きをしています。出所不明のサメは、うちでは扱わないということです」
「ふかふか村」ではサメの剥製や骨が展示され、オリジナル商品も販売されている
確かなものだけを提供するということも、米倉さんの言う「供給責任」の一つなのでしょう。 資源としてのサメを大切にし、そのすべてを無駄なくおいしく提供する。サメは古来より、その生命力の強さが認められていましたが、原料不足というマイナス条件を新商品開発というチャンスに変える中華高橋水産の強さもまさに“サメ並”です。
株式会社中華高橋水産
〒988-0272 宮城県気仙沼市本吉町大谷87-1 自社製品:各種フカヒレ、コラーゲンつみれ、シャークナゲットなど
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。