大槌(おおつち)湾から2キロほど内陸にある、仮設企業団地の一角。 水産缶詰や調理冷凍食品などを手がける津田商店(岩手県釜石市)の工場から見える景色は、青い空と緑深い山々。そこから海を望むことはできません。
水産加工会社といえば、「海の近くにあるもの」とイメージしている方は多いでしょう。 実際、津田商店の工場も震災前は大槌湾の沿岸部にありました。しかし東日本大震災の津波で壊滅的被害に見舞われた大槌町では事業を再開する目処が立たず、南隣の釜石市に移転せざるを得なかったのです。
「前の工場は津波で全壊しました。一日も早い再開を最優先としていた私たちはいろいろな場所を探しましたが、被災した工場と同等の施設の整備をしたかったので、広い敷地が見つかるまでに半年かかりました」(津田商店・総務部課長の平内浩史さん)
津田商店が再開を急いだのには理由があります。従業員の雇用を守るためです。 被災した従業員が日常生活を取り戻すためには、何よりもまず、働く場所を確保する必要がありました。現在の場所も津波が川を遡上したために浸水被害のあった地域ですが、今後、川に新しく堤防がつくられる計画もあるそうです。
新しい工場が稼働したのは、翌年4月のこと。以前の場所よりも交通の便が悪くなったため、車を持たない従業員のために送迎用のマイクロバスを5台購入しました。現在も至るところで工事が行われている大槌湾沿岸地域は復興には程遠く、仮設住宅から通う従業員もいるそうです。
津田商店で扱っている魚種は、サンマ、サケ、イワシなどのいわゆる大衆魚。 季節によってブリやサワラが加わります。同社工場の製造ラインは大きく二つ。一つは調理冷凍食品の製造ライン。そしてもう一つは缶詰の製造ラインです。生産量も売り上げもほぼ半々ずつ。それぞれ一日約10万食程度を製造しています。
「調理冷凍食品は主に学校給食用に作られています。注文は全国からあり、とりわけ愛知県、九州地方などからが多いですね。それらの地域だけで7割から8割を占めていて、50年ほどにわたって取引させていただいているお客さまもいらっしゃいます。味付けはそれぞれのお客さまのご要望に応える形で、その地域ならではの味や文化を大切にしています」(津田商店常務取締役・缶詰工場長の小笠原正勝さん)
味噌ダレにその地域の味噌を使ったり、九州向けには南国らしく柑橘系の素材を使ったりと、味付けはひと通りではありません。また圧力釜の中で高温調理することにより、津田商店の魚は骨までやわらかく食べることができます。魚嫌いの子供が栄養をとれるように、こうしたさまざまな工夫を重ねているのです。
一方、缶詰は大手メーカーからオーダーを受けて、市販用に製造しています。
「製造ラインだけで見れば、缶詰工場はほとんど工業製品のラインと同じなので、広い場所が必要になります。当社は水産加工会社の工場としては大きいかもしれませんが、缶詰を作っている工場としては小さいほうなんです。でもその分、大手にはない強みもあります。うちは機械の調整もすぐできるので、日替わりでオーダーが変わってもすぐに対応することができます」(小笠原さん)
競合が多い中で津田商店にだけ委託されている製品もあり、同社への信頼の厚さがうかがえます。
震災後、津田商店にとっての最大の課題は省人化です。震災前230人いた従業員は、家庭環境が変わり働けなくなった人や、緊急雇用事業により他社ですでに働き始めている人などもいたため、170人弱にまで減ってしまいました。
「人が減っているので、仕事の依頼があっても受けられないことがあります。これからは機械でできることは機械でやって、作業を今以上に効率化していく必要があります。従業員の高齢化も進んでいるので、従業員への負荷も軽くしていかないといけません」(小笠原さん)
昨年、復興支援の助成金を受けて導入したロール選別機や魚洗機などは、魚の内臓や頭部、尻尾など使わない部分を除去する機械で、省人化に一役買っています。これらの機械を入れたことで、これまで3人で行っていた魚の選別作業が1人で済むようになったそうです。
オーブン調理で繰り返し使う焼き網も、これまでは使うたびに人が洗っていました。しかしこれも機械によって省人化を実現しました。「焼き網用洗浄ライン」を導入したことにより、使用した焼き網は人の手を使うことなく、きれいになった状態でオーブンのスタート地点まで戻ってくるようになったのです。
内陸部に移転したことにより、新たな問題も発生しました。最も難しかったのは排水の問題です。 以前の工場は水産加工団地の中にあったため、工場で使った水はそのまま大きな排水処理施設に運ばれて処理され、海に放流されていましたが、この工場から出た水は処理されて川へ放流されます。
「環境への負荷を低減するために排水量を制限せざるを得ませんでしたが、新しく排水用スクリーンを導入したことで、工場内で排水量を増やすことが可能になりました。」(津田商店・総務部環境対策室室長の高室勝彦さん)
海と川では環境の基準が異なります。 当然、川のほうが厳しいため、この工場で使った水はきれいな水にして戻さなくてはいけません。
津田商店で使われた水はすべて排水用スクリーンを通り、魚のかすや油を除去したのち、安定した水質で排水処理施設を通り川へ排水されます。
排水量を増やせるようになったことで、同社は生産量を増やせるようになりました。 環境対策のために必要だった排水用スクリーンは、同社の生産量回復にも寄与しているのです。
昭和8年に創業し、昭和31年に法人化。 地元三陸はもとより、北海道から西日本まで国内産の原料にこだわってきた津田商店は、どのようなプランを持っているのでしょうか。前出・小笠原さんはこう語ります。
「今働いている私たちが入社する前から続いている取り引きもあります。なぜそれだけ長い間、遠くのお客さまから支持していただけているのか。それは、お客さまのご要望一つひとつに応えてきたからだと思います。私たちには、おいしくて、安全で、食べやすいものをつくってきたという自負があります。効率化は今の私たちにとって重要課題ではありますが、いたずらにコスト削減に走らず、基本を忘れずに丁寧な商品作り進めていきたいですね。これからパン食が増えて魚の消費量が減ったとしても、定番のものをコツコツとつくり、『津田商店ははずせない』と言われるような対応を心がけたいと思います」
愛知県にある東海市の成人式で、思い出に残った給食を食べてもらう企画をしたところ、新成人から「銀紙焼が食べたい」と要望があり、市より問い合わせを受けた津田商店が「さばホイル焼」と「さんまホイル焼」を無償提供したそうです。
今、学校給食でそれを食べている子供たちも、いつかその味を「懐かしの味」として思い出す日が来るかもしれません。
株式会社津田商店
〒026-0301 岩手県釜石市鵜住居町第10地割30-1 自社製品:さばホイル焼、さわら西京焼、いわし梅煮、ぶり照焼など
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。