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企業紹介第8回茨城県株式会社ヤマコイチ

創業江戸の老舗工場、ツブ貝に託した6代目の決断

「どうした? そっか。今日のほうが海は悪いってね。わかった。はいはーい。」

漁業関係者からひっきりなしにかかってくる電話。茨城県北茨城市の水産加工会社、ヤマコイチの社長の鐵(てつ)芳之さんのもとには、ネットにも新聞にも載っていない「海の最新情報」が絶えず送られてきます。

「今日は北東の風が強いから漁に出られるかどうかわからないっていう、仲買人からの連絡です。向こうもうちに買ってもらうためにいろいろ教えてくれますけど、沖の情報は多ければ多いほど助かりますね。漁の状況が分かればこっちもそれなりに段取りをして待つことができますので」(鐵さん・以下「」内同)

そう話す鐵さんの頭上には、県などから表彰されたいくつもの賞状が並びます。
アンコウの唐揚げ、サンマの開き、フライ、メヒカリの唐揚げ。魚種も加工方法もさまざまですが、現在これらは同社の主力製品ではありません。ここ数年の主力はツブ貝。この日もちょうど、水揚げされたばかりのツブ貝が工場に届いたところでした。

「入ってきたツブ貝は、不純物を取り除いた後15分ほど塩ゆでします。それが終わったら粗熱を取り、別の容器に移して今度は流水で冷却します」

賞状が並ぶヤマコイチの事務所内
賞状が並ぶヤマコイチの事務所内
「今日はこれを12杯分作業します」と鐵さん
「今日はこれを12杯分作業します」と鐵さん
ツブ貝の加工作業は年間を通して行われる
ツブ貝の加工作業は年間を通して行われる

ツブ貝は7月から8月にかけてが漁期。
入荷のあるこの時期は、工場に届いたツブ貝をどんどんボイルして、冷凍保存していきます。この2か月の間に1年間分のストックを作り、それを毎日加工する分だけ取り出して作業するのだそうです。内臓を取り除いて水洗いした後は真空包装をし、出荷するまで再び冷凍保存しておきます。

原発事故で仕入れがなくなるも「ツブ貝ならある」

創業は江戸時代というヤマコイチ。鐵さんの代で6代目になるのだそうです。全国的には珍しい鐵さんの苗字ですが、この大津では昔から知られる名前で、明治時代に地元で活躍した実業家、鐵伝七は大津村(当時)でアワビの缶詰工場を作り、県会議員と議長も務めていました。

ヤマコイチではかつて、漁に出て鮮魚を扱う仕事もしていましたが、先代からは加工一本。なんでも鐵さんの3代前に鮮魚で失敗をし、ひいおじいさんは母親から「孫子の代まで船はやるな、船をやったら化けて出るからな」と言われたのだとか。そんな背景もあり加工業へのシフトが早かったヤマコイチですが、ツブ貝を始めたのは同社の歴史の中ではごく最近のことだといいます。

注文が増えているヤマコイチのツブ貝
注文が増えているヤマコイチのツブ貝

「ツブ貝を始めたのは2000年頃からです。それまでは冷凍業をメーンに、イワシやサバを扱っていましたが、勿来(なこそ、福島県)の競り人から『ヤマコイチがツブ貝を買ってくれるなら船を持ってくるよ』と言われたのをきっかけに扱うようになったんです」

ただ、その頃はまだツブ貝が主力だったわけではありません。
さまざまな加工品で表彰されていたように、近くの港に水揚げされる魚を取り扱っていました。

ところが震災によって転換を余儀なくされます。鐵さんは震災当時をこう振り返ります。

「津波はうちの工場までは来ませんでしたが、地震の揺れで電気も水も止まって作業ができないので、その日は従業員にも帰ってもらって、作っていたイカやアジの開きは近所の小学校の避難所に寄付しました。電気が通るまでの一週間、冷凍庫は一度も開けずにおいたので室温はマイナス18度あって、冷凍保存していた原料などは無事でした。地震の揺れで冷凍庫の配管が破損するなどの被害もありましたが、グループ補助金の申請をして、修復費用にあてることができました」

地震そのものの影響は大きくなかったヤマコイチですが、福島第一原発事故の影響をもろに受けます。

「震災までは福島県の港からサケやメロウドを仕入れていましたが、それが原発事故の影響でまるまるなくなってしまいました。そのためその年は、それまで細々とやっていた開きや干物に比重を置きましたが、思ったほどは伸びませんでした」

そんな中、震災翌年に宮城県や茨城県の一部でツブ貝の漁が再開されます。「ツブ貝ならある」。 そう思った鐵さんは、ツブ貝の仕入れ量を増やしていったのです。

地域に根ざしながら地産品を広めていく

現在のヤマコイチで、全製品の7割ほどを占めるツブ貝。しかしツブ貝漁の再開は早かったとはいえ、今も供給不足の状態が続いているようです。そんな中でも鐵さんは新しい仕入れのルートを開拓するなど増産の準備を進めています。

「復興支援の助成金で、蒸気ボイラー装置や、ボイルの時に使うフォークリフトなどを新しく購入しました。震災後はなかなか新しい機材を買えずに、修理しながら何とか稼働していた状態なので、こうした新しい機械を使って増産につなげたいですね」

ツブ貝の漁期はフル稼働の蒸気ボイラー装置
ツブ貝の漁期はフル稼働の蒸気ボイラー装置
フォークリフトを導入するなど作業効率を上げている
フォークリフトを導入するなど作業効率を上げている

ツブ貝をもっと食べてもらおうと、鐵さんは各地で開かれるイベントにも参加しています。
茨城県内はもちろんのこと、東京の「目黒のさんま祭」にも足を延ばしているようです。

「昨年の生産量は60トン。今年は100トンを目指しています。ただしボイルの加工だけでは厳しい。今後は焼き物などもやっていきたいし、ツブ貝だけに頼らず魚種の幅を広げていければと思っています。地元にもずっとお世話になっているので、今よりもっと貢献していきたいですね」

大津で5年に一度開かれる「常陸大津の御船祭(ひたちおおつのおふなまつり)」を取り仕切るのは鐵家と鈴木家。もちろん鐵さんもその中の一人です。この地に根ざしながら、新たな販路を模索していきます。

株式会社ヤマコイチ

株式会社ヤマコイチ

〒319-1704 茨城県北茨城市大津町北町3287-1
自社製品:ボイルつぶ貝、いか一夜干し、さんまみりん干、
あじ開き干、タコ唐揚げ、あんこう唐揚げなど

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。