午後1時。その日の朝、鹿島港(茨城県鹿嶋市)で水揚げされたばかりのシラスが工場に届くと、従業員たちが一斉にトラックの周りに集まりました。その中心にいるのは、川崎水産(茨城県北茨城市)社長の川﨑賢藏さん。シラスと氷の詰まった青いコンテナに手を入れ、シャリッという音を立てながらひとかき。ほんの数秒で何かを確認した川﨑さんは、そのコンテナを横にいる従業員に渡して、また同じように次のコンテナの確認作業に移りました。
川﨑さんが確認したコンテナはトラックから降ろされ、何らかのルールに基づいて次々に分けられていきました。見た目はどれも同じシラスが入ったコンテナ。いったい何をしているのでしょうか。作業を終えた川﨑さんに聞いてみました。
「ここでシラスの大きさや色を見て、種類ごとに分けているんです」(川﨑さん、以下「」内同)
シラスは「小さくてグレー」と決まっているが……?
「漁をしている船が、同じ日に、同じ場所で投網をしても、時間帯が違えば魚の大きさも色も微妙に違います。それをそのまま加工して出荷するよりも、ある程度、大きさも色も揃えて出荷したほうが商品価値が高まるんです。今日は量が少ないので5種類に分けました。本当はもっと細かく分けたいくらいなんですが、早く加工しないと鮮度が落ちてしまう。制限時間がある中で見極めていくには5~10種類くらいが限度なんです」
川﨑さんは原料の種類分けの段階ですでに、シラスが製品になる姿をイメージしているといいます。 Aグループに分けるか、Bグループに分けるか、その中間で悩むこともあるといいますが、それでも数秒で判断を済ませます。瞬時の勘や判断力が求められるうえ、シラスの商品価値を決める責任まで負う仕事。川崎水産でこの作業をするのは、川﨑さんかこの日は買い付けで不在だった息子さんと決まっているそうです。
この日、工場に運ばれたシラスはトラック1台分。 それでも合計108個のコンテナ、総量およそ2.5トンという量になります。 多い日はこれが4台分、運ばれてきます。
種類分けが終わると、シラスはすぐにボイルされます。
ボイル後は大型の機械でシラスを乾燥させますが、その前後では機械による“選別”が行われます。この選別は川﨑さんによる先ほどの種類分けとは異なります。シラスの中に混ざっている異物を取り除くための選別です。入荷されたシラスのコンテナには、シラスだけが入っているとは限りません。プランクトンや他の魚、海藻などが含まれているため、それらを異物として除去する作業が必要なのです。
選別の工程では、風力でシラスを飛ばしながら軽い異物を除去したり、最新の「色彩選別機」を使ってシラスの色でない異物を取り除いたりします。機械による選別を終えると、シラスは一昼夜、マイナス3度で冷却されます。その後、人間の目視による最終選別を経て箱詰めされ、金属探知機を通した後、今度はマイナス25度の冷凍保管。再び一昼夜寝かせた後、「まるせのしらす干し」として出荷されます。
原料が入ってきてから出荷されるまで、シラスは何度も選別にかけられます。 なぜここまでするのでしょうか。
「昔はシラスのパックに小さなイカが混ざっていても、買った人は『当たりだ』といって喜んでいたものです。でも今はそういう時代じゃない。同じ海のものでも、シラス以外のものが入っていれば『異物混入』で大騒ぎになる。シラスは小さい魚ですから、特に気をつけないといけません。いろいろな機械を通したうえで、最後に目視でも確認しているのはそのためです」
目視作業では、天井からLEDの明るい光を当てて、機械では除去しきれなかった異物を取り除いていきます。以前はピンセットでつかんで除去していたようですが、作業効率が上がらず、従業員の腱鞘炎の原因にもなるため、現在は小さなバキュームの機械を使って見つけた異物を吸い取っています。
昭和初期に創業し、1980年に法人化した川崎水産。 シラスとコウナゴの加工業に特化したのは、4代目の川﨑さんの代からです。
「シラスの加工を始めたのは25年くらい前のことです。当時は近くの大津港でもイワシやサバがたくさん獲れていて、巻き網船団も5つくらいありました。でも私は、もっと自分なりに加工のできる魚種をやりたいなと思っていて、そんな時に巡り会ったのがシラスだったんです」
大津港や周辺の港は全国でも有数のシラス漁基地。そのため原料を仕入れることは難しくはありませんでした。ところが、震災によって状況が一変します。
「それまでうちは、茨城県と福島県からちょうど半々ずつ仕入れていましたが、原発事故の影響で福島からの仕入れがゼロになりました。原料の確保のためには仕入先を広げたいところですが、シラスというのは他の魚よりも鮮度が下がりやすいので、静岡など遠方からは仕入れることができません。ここからだと100キロほど南の鹿島港が限度です」
原料の仕入れが今後の課題だと語る川﨑さん。 しかしそれは「漁師さん次第」ともいい、自分たちだけで解決できるような問題でもないようです。
しかし水揚げがないからといって休むわけにはいきません。従業員を雇い続けるには、その穴埋めが必要。そこで震災以降、積極的に受注しているのが「選別」の仕事です。
「うちは海から少し離れているので津波の被害はありませんでしたが、地震の揺れで工場の天井が落ち、冷蔵倉庫のコンクリートの壁にも隙間ができてしまいました。被災直後は私自身も避難していて、片づけを始めたのが5月頃。事業を再開するといっても肝心のシラスが入ってこないので、パートを含む8人の従業員には、同じ敷地内の別の場所で選別の仕事をしてもらっていました」
シラスという小型の魚種を扱っているだけあって、川崎水産の選別技術は他社にはない特別なもの。 その独自性を活かして、川﨑さんは新たな販路を開拓したのです。
さらに昨年には、同社の秘密兵器ともいうべき「色彩選別機」が導入されました。
「この機械は、カメラに映ったものを瞬時に選別し、異物を見つけたらエアーで撃ち落とすというものです。もともと米を選別する機械で、以前から興味がありましたが、モノクロの映像で選別していたため弊社で扱うシラスやコウナゴには対応することができませんでした。ところがこの機械が進化して、カラー対応になった。高額な機械のためなかなか手が出ませんでしたが、震災復興の助成金を申請して購入することができました。業者によると、この機械が水産加工工場のラインで使われるのは初めてだといいます」
色彩選別機の導入により選別の精度が向上し、販路拡大に一つの光明が差しました。 これまで以上に選別の受注を増やすとともに、シラスの水揚げの回復に合わせた生産量の増加を見込んでいます。
「入ってくるしらすは毎日色が微妙に異なります。高機能な分、設定が難しいのでこの機械を一日も早く自由自在に使いこなせるようになりたいですね。シラスの生産は漁によって波が激しいですが、回復度合いでいえばまだ半分ほど。水揚げの回復をただ待つのではなく、この間にも自分たちのうたい文句である『安心・安全』を極めていきたいと思います」
川崎水産の新しい工場に看板はありません。「うちは看板ではなく信頼でやっていく」。 川﨑さんはそう力強く語りました。
川崎水産有限会社
〒319-1704 茨城県北茨城市大津町北町805 自社製品:しらす干し
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。