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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第144回福島県青木食品工業有限会社

震災後、自社製品開発に活路を見出す

2011年の東日本大震災の大津波は、青木食品工業の周辺にも押し寄せましたが、工場の土地が高くなっていたため、壊滅的な被害は避けられました。しかし浄化槽や配管に被害があったほか、地震で工場に傾きが生じたために排水の流れる方向も変わってしまいました。

「震災以降、工場内で水平を取りづらくなったため、工場再開後も機械の不調に悩まされました。修理や調整をしたくても、当時は業者が福島県まで来てくれなかったので、自分たちで直すしかありませんでした」

機械が万全でないまま工場を再開したのには理由がありました。工場を止めてしまったら、これまでの顧客が離れてしまうと思ったからです。そうならないように仕事を続けましたが、震災の年は結局売上が昨対比で3割も落ちてしまいます。

「それまでは委託加工が中心でしたが、このままでは数字が戻らないと思い、震災の翌年からは自社ブランドを立ち上げました。2年くらい試行錯誤してようやく成功したのが、1枚200グラムある、大きな一枚ものの『揚げかま天』です」

その後、定番商品となった揚げかま天をアレンジした新商品「ソフト揚げスティック」を開発。12本を袋詰めにして販売しましたが、当初は思うように売れませんでした。

▲ 震災後自社ブランドで初めて成功した
「揚げかま天」
▲ 「揚げかま天」をカット加工した「ソフト揚げスティック」

「そんな時に、取引先から『うちで販売したい』という話があり、『ソフト揚げスティック』の製造量が増えました。しかし当時は日産1,500パック程度が限界。6,000パックの注文が来ているものの対応できず、販売機会の損失が続いていました」

青木食品工業には、生産量を伸ばしたくても伸ばせない事情がありました。同社が長年続けてきた低温坐りでは、どうしても時間がかかってしまうのです。高温坐りであれば生産量を増やせるはずだと思い、そちらも試してみましたが、高温坐りのノウハウが少なかったこともあり、品質が安定しませんでした。

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