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企業紹介第147回茨城県小沼水産株式会社

異なるアンテナを強みに。
歳を重ねても食べ続けられる霞ヶ浦の味を届ける

茨城県かすみがうら市。日本第2位の湖面面積を誇る湖“霞ヶ浦”が眼前に広がるこの地で明治37年に「マルダイ」の屋号で創業した小沼水産株式会社。創業当時は霞ヶ浦の帆引き船を使った網漁法で漁獲されたワカサギやシラウオを塩ゆでし、天日干しした煮干しのほか、佃煮の製造、販売を行っていました。

創業者は、現代表取締役の小沼和幸さんと取材当日お話を伺った専務取締役の小沼敏也さんの曽祖父にあたる小沼大介さんで、「(マルダイ)」の屋号は大介さんのお名前の「大」に由来するもの。地元では「小沼水産」ではなく今でも「マルダイさん」と呼ばれ親しまれています。

小沼水産株式会社専務取締役の小沼敏也さん
小沼水産株式会社専務取締役の小沼敏也さん

敏也さんは、大学では経営学を、兄の和幸さんは管理工学専攻。食品業界を中心に就職活動を行い、銚子に本社がある水産会社勤務後、食品全般の原料を扱う商社を経て、27歳のときに小沼水産に入社、入社後は現場で経験を積みました。

両親からは言われませんでしたが、大学を卒業すると同時に、親戚から兄を支えてこの会社を一緒に引き継いでいくようにと言われていましたね」(小沼水産株式会社 専務取締役 小沼敏也さん。以下「」内同)

三代目を継いだ父・秀雄さんが12年前に病気で他界したことを機に、四代目として兄の和幸さんが代表取締役に就任しました。

現在は顧客のニーズに合わせて各地から仕入れた原料の加工も手掛けていますが、主力商品は創業当時から一貫して変わらずワカサギ、シラウオ、川エビなど。素材、調味料、調理方法にこだわり、伝統の味に加えて常に改良を重ねてきたその商品の品質の高さは、本社事務所にずらっと掲げられた数々の賞状が物語っています。

賞状
平成13年「わかさぎ飴煮」で「農林水産大臣賞受賞」など、
事務所には全国水産加工品総合品質審査会の受賞の賞状が掲げられている。
品質への誇りを持ち続けるためだ
わかさぎ飴煮
小沼水産で一番人気のわかさぎ飴煮
浮かし炊き製法で作るため魚の身崩れが少なくきれいに仕上がる

必死で被災地へ出荷した震災直後。
商売の土俵を遠ざけた風評被害

2011年3月11日、東日本大震災により、小沼水産があるかすみがうら市も大きな揺れに襲われました。激しい揺れにより工場の一部が破損し、ライフラインもストップ。翌日電話がつながるようになってからは、取引先へ納品ができない旨を伝えるための電話対応に追われました。

そんな中、福島県の取引先から「電気が止まっていても保存できる佃煮がほしい、日持ちのするものをどんどん送ってほしい」という依頼があったのです。

ライフラインが復旧し、生産をなんとか再開できたのは震災後3日が経過した頃。

「片付けと同時進行で、とにかく煮られるものは煮て、積めるだけ積んで福島に出荷しました。目の前のことに必死でしたが、こういう形でやれることがあって、誰かの役に立てるんだと。これまでそういう発想をしたことがなかったんですが、佃煮はライフラインが止まったときに人を支えることができる食品なんだと気付きました」

保存もかねて伝統的に霞ヶ浦地域で作られてきた佃煮が被災地の人々の食、そして命を支えたのです。

しかし、その後に起こった原発事故と放射能汚染による影響により小沼水産は大きな痛手を受けます。2021(平成24)年4月、霞ヶ浦水系で取られた水産物の一部に基準値を超えた放射性物質が検出され、出荷制限がかかりました(その後制限は解除)。当然のことながら、定期的な放射性物質のモニタリング検査により安全性が確認された原材料のみを使用していましたが、風評被害の影響は大きかったと言います。

「霞ヶ浦産のものは完全に商売の土俵に乗らなくなってしまうなと予想はしていたのですが、影響は想像以上に大きくなり、茨城県で作っているもの全般が受け入れられなくなっていました。当社は築地から全国に送る商売形態だったので、東京以西の取引先との新規の商談に関しては、完全に茨城加工のものはいらないという空気でした」

震災直後は被災地への商品供給で忙しかったものの、やがて風評被害により販路を失い、売上は震災前と比べ3~4割減となってしまったのです。

営業スタイルを根本から見直し
顔と顔を合わせて現場の声を吸い上げる

この危機的状況から脱却するために、小沼水産はこれまでの営業スタイルを根本から見直します。

「これまでは、決まった顧客と市場に納めるというスタイルだったので、製造の方に注力し、営業は販売先に任せきりになっていました。一度も自分が顔を出したことがなかったお客様も多くいたので、まず全てのお客様を回るところから始めました。そして、関係を深めていけそうだ、と感じたお客様のところには定期的に足を運び、展示会などにも積極的に参加するなど、とにかく地道な努力を重ねました」

ようやく販売先の小売店の方にも顔を覚えてもらえたと感じていたころ、新しい商品を取引先に持っていったときに、「旗艦店で売ってみないか?」と声がかかります。

多店舗展開している小売店の販売戦略上の中心となる店舗で実績が上がれば、広域で販売できるという商機。敏也さんは実際に売場に立ち、自社製品の試食販売を行いました。この経験は、消費者の声を直に聞けるほか、お店の方とも店頭でどのような売り方をしたらよいかなどを話すことができるいい機会になったといいます。

そのころから敏也さんは営業、仕入れ全般は兄の和幸さんという役割分担が自然と固定されていったそうです。

それまで佃煮商品は大手メーカーのOEMを主体に販売してきたため、リパック用の原料としての販売がほとんどでしたが、敏也さん自ら足を運んで営業活動をおこなったことで、真空包装形態での殺菌済み製品の需要が多いことが分かってきました。

また、店舗での営業中、試食を出しているときに興味を示すお客様は年齢層が高い人が主でしたが、「歯がわるくて……、もっとやわらかく作ってくれたら」「佃煮はのどが渇くから……」という声が多く聞かれたのです。

「佃煮だと煮詰めないといけないので、堅くもなるし塩分も濃くなる。さっと浅く煮て真空パックにし、冷ますときに味を浸み込ませる製法をとれば、薄味でやわらかい商品が作れるのではと考えました」

現場と取引先からのニーズが重なって、
新しい商品形態と増産体制を目指す

売場で商品作りのヒントとなる消費者の声を吸い上げたのと同時期に、お弁当を扱う既存の取引先からも、佃煮とは異なる浅炊きの商品を作れないかという引き合いが入ります。

消費者の声と取引先からの打診が重なって、小沼水産は浅炊き、真空包装形態の商品開発に注力します。そして、2017年に「あさり浅炊き」と「はまぐり浅炊き」を商品化。どちらもふっくらとやわらかい身の食感を生かして、あさりとはまぐりの旨味そのものが味わえ、ごはんのおかずとしても、お酒のおつまみとしても箸が進む品です。

浅炊きシリーズのこの2品は、取引先にも好評を得ますが、真空包装製品の売上拡大を図るためには、既存の設備や人員では生産量に限界があり、省人化を図りつつ増産体制のための環境を整えることが必須でした。そこで2020(令和2)年度の販路回復取組支援事業を利用して導入したのが、「半自動殺菌機」と「除水機」です。

「半自動殺菌機」を導入したことで、正確な温度管理ができるようになったほか、加熱槽や冷却槽への搬入もスムーズになりました。またこれまでは、冷却槽で冷ました商品のパッケージについた水滴を1袋ずつタオルで拭く作業が必要だったので、300㎏の商品を生産するのに5~6人の人員で、2時間を要していました。しかし360度から風を吹き付け、水滴を飛ばしながら乾かす「除水機」の導入後は、同工程を2~3人、30分でこなすことができるように。除水の工程から自動でエックス線の工程へ流れるようにしたことで、効率化が図られ、一日あたりの生産量も300㎏から500㎏へと大幅な増産を可能にしました。

半自動殺菌機。加熱槽や冷却槽への搬入、搬出をチェーンブロックで行う
360度から風を吹き付け、水を乾かす除水機。
大幅な省人化と生産性の向上が図られた

今までもこれからも、「かすみがうら」の地に根差して

敏也さんは、佃煮とは異なる浅く炊いた惣菜商品を、今後介護や医療系の分野に向けて販路を広げていきたいと話します。

「高齢化が進むなか、これまで佃煮を食べていた人が、歯がわるくなったり塩分値が高かったりという理由で食べられないという状況がもっと出てくるはず。そこに照準を合わせて商品を作っていけたらと考えています」

2020年春からのコロナ禍で飲食店向け、とくに居酒屋をはじめとした飲食店向け冷凍素材の出荷が減り、震災前の水準までは売上回復には至っていない状況ですが、2021年1月から東京、名古屋、大阪、福岡でのオンラインによる消費地商談会への参加などで、浅炊きシリーズをPRするなど積極的な営業を続けた結果、産業給食関係などから新規の引き合いがあり、受注へつなげることができたそう。2021年の春には浅炊きシリーズ3品目として「浅炊きしじみ」が商品化され今後の販路拡大が期待できます。

新たに開発した浅炊きシリーズ(左から順にあさり、しじみ、はまぐり)

「今後、コロナ禍が収束し行動の制約がなくなったあとでも、元に完全に戻るというわけにはいかないと思います。その時々の情勢やニーズに合わせて会社が変容していく必要があると考えています。それにはまずネットを通じた販売や、宅配需要にも対応できる商品づくりが課題ですね」

先代から会社を引き継いたあと、時を置かずして見舞われた東日本大震災と原発事故。10年を経た今を振り返り、敏也さんこう語ります。

「家業に入って、まだまだ経験不足のまま代替わりをせざるを得ない状況の中、震災が起こって、風評被害なども重なり、一時は会社も大きく傾きかけたこともありました。今は新たにコロナ禍をどう生き残るかというのも課題です。誰も予測できないような事態が起こっても、ここまでなんとかやってこられたのは、一緒に会社を支える親族や家族のように小沼水産を支えてきてくれた従業員さんや漁師さん、取引先の皆さんがいてくれたから。これからもずっとこの地に根ざして頑張っていきたいと思います」

茨城県・霞ヶ浦の地で明治期に創業。地域の「食の伝統」を受け継ぎながら、歳を重ねてもずっと食べたいと思う人が食べられる味を届ける小沼水産。しなやかな姿勢で道を拓いていく兄弟経営者の姿がそこにありました。

小沼水産株式会社

〒300-0202 茨城県かすみがうら市田伏470-2
自社製品:水産加工(佃煮等)、ワカサギ、シラウオ、川エビなどの冷凍水産物

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。