コロナ禍の影響により、リモートで行った取材。「今日はよろしくお願いします!」。画面に登場したのは若々しく溌溂とした印象の布施商店4代目社長、布施太一さん。今年38歳になる太一さんが社長に就任したのは、今年の1月。フレッシュなのもうなずけます。
「僕はもともと東京で働いていて、戻ってくるつもりは全くなかったんです。でも、震災がきっかけで地元のために何か貢献したいと考えるようになりました。色々と考えましたが、結局、家業を継ぐのが自分の使命なのかと思い至って3年前に地元に帰ってきたんです」(株式会社 布施商店 代表取締役社長 布施太一さん。以下「」内同)
布施商店は大正時代に創業し、100年以上も続いている老舗。もともとは石巻の前浜で水揚げされる魚を練り製品に加工する事業を営んでいました。その後、大手スーパーとの取引が中心となり、取引先の意向を組む形で丸魚や鮮魚のフィレを卸す業態に変化させていきました。中でも布施商店がこだわりを持っているのがタラです。
「タラは雑食で目の前に来たものを何でも食べてしまう貪欲さから大口魚とも呼ばれます。なぜそんなに食べられるのかというと、すごく消化酵素が強いんです。そのため、水揚げされてからしばらくすると、自分の消化酵素で自分の内臓を溶かしてしまい極端に品質が落ちます。だからウチでは仕入れてから36時間以内に内臓を全て取り出します。もともと漁に出たその日に帰ってきた船で水揚げされた“日戻り”のタラしか仕入れないこともあって、鮮度は抜群です」
その後の処理も、全て手さばきすることにこだわっています。それは機械でさばくと魚を大量の水にあてることになり、その過程で傷んでしまうから。そのように丁寧に加工され、ほんのり桜色で透明感あるタラを布施商店では「さくら真鱈」と呼び、取引先にも好評を博しています。
歴史とこだわりの商品を持つ布施商店ですが、実は太一さん、お父様であり先代社長(現会長)である三郎さんから「家業を継ぐように」と求められたことは一度も無かったのだそう。そのため太一さんは「海外で働きたい」という夢を叶えるため、東京の大手商社に就職。念願の海外赴任も視野に入り始めた頃に起こったのが震災でした。
海沿いにあった布施商店の工場は震災で全壊。従業員も一時は全員解雇せざるを得ない状況となりました。当時、東京にいた太一さんがご両親の安否を確認できたのは震災から1週間が過ぎた頃。石巻に戻れたのは、ようやく長距離バスが開通した1か月後だったそうです。
「仙台を過ぎ、トンネルを抜けた途端、悪臭にびっくりしました。そのあたりから漁業が盛んな地域に入るのですが、冷蔵庫や冷凍庫が止まって腐った魚の臭いが充満していたんです。石巻についたら、家も会社も流されて街がめちゃくちゃになっていて。“あ、ふるさとがなくなっちゃったんだなぁ”って・・・。街の惨状を目の当たりにした時、それまで自分では何の思い入れもないと思っていた地域への意識が初めて芽生えました。当たり前だと思っていたものが、当たり前じゃなくなったんだと知って、何というか・・・。純粋に、悲しい気持ちになりました」
その時から太一さんの中に、地域のために何かをしたいという気持ちが生まれました。しかし当初は家業を継ぐことまでは考えていなかったのだそう。家業を継ぐことを意識し始めたのは、父である三郎さんが会社を再建すると決めた時でした。再雇用する社員のことも考えた時、「きっと自分は戻ると決めるんだと本能的に感じた」のだそうです。
「工場も家も何もなくなっちゃったので、父は会社をたたむと思っていたんです。そうしたら、補助金の目途が着いたからもう1回やるわ、と言われて。そこまでして立て直すほど深く思い入れがあるものなのだと初めて感じました。最初は東京にいながらでも、地元のためにできることがあるかもしれないと思っていたのですが、やはり直接地域に関わらないと本当の貢献はできないと意識が変わっていきました」
先代の三郎さんが石巻魚市場買受人共同組合の理事長をしていたこともあり、布施商店の復興は早かったのだそう。最初は街にあふれていた腐った魚を海洋に投棄する仕事を請け負い、震災後半年が経過した頃には復旧の早かった塩釜で魚を買い付け、事業を再開しました。しかし再開した頃にはそれまでの取引先は、すでに別の仕入先を確保していました。布施商店の品質の良さを実感していたいくつかの販路は回復したものの、太一さんが戻った3年前でも、売上は震災前の4分の1以下にとどまっていたそうです。
「商社時代も営業だったので、布施商店に戻ってからも営業をしていました。何とか新しい販路を開拓しようと東京の飲食店にマダラのフィレなど自社製品を売り込みに行ったのですが、産地から鮮魚を買うメリットが分からないと言われることが多くて。中央卸売市場に行けば全国の魚が購入できるけれど、僕たちは産地の魚しか扱えない。そのまま売るだけでは豊洲の仲買には勝てないんです。今までは鮮魚中心だったけれど、スーパーでも鮮魚の売上はどんどん落ちているし、飲食店にも広がらない。何か新しいことを始める必要があることは実感していました」
鮮魚の販売に限界を感じた太一さんが活路を見出したのは、冷凍でした。営業しながら飲食店の「困りごと」に耳を傾け続けるうちに、「冷凍の方が使いやすい」「たくさん買っても、使いきれずに冷凍している」など冷凍へのニーズが多いことを知ったのです。
「最初から扱いやすい冷凍で販売すれば豊洲の卸との差別化ができると気付いたんです。それに消費者が思う旬と、実際の水揚げ時期は少し違います。例えばタラがよく食べられるのは冬だけれど、3~5月くらいも実は結構獲れる。ヒラメも冬のイメージが強いですが、6月くらいに爆発的に獲れます。冷凍技術があれば、そういう裏側にある旬をうまく活用して需要と供給をマッチングさせられるのではないかとも思いました」
そこで布施商店では、販路回復取組支援事業を活用して3Dフリーザーの導入を決めました。もともと急速凍結機は魚の細胞が壊れにくく旨味が逃げにくいのが特徴ですが、この3Dフリーザーは急速冷凍機の中でも特殊なもの。様々な角度から風が当たり、高い湿度を保てるため、より素早く冷やすことが出来るのです。
導入を決めた時点では、飲食店の需要開拓と以前から引き合いがあったギフト商品の製造に使う予定だった3Dフリーザー。しかし導入してみると、予想外の広がりもありました。まず1つめは加工品メーカーとの協業が始まったこと。冷凍技術を用いることで、加工品メーカーへの原料供給が可能になったのです。
「加工品メーカーさんも差別性のある商品を作るために地元の食材を積極的に使いたいんです。でも彼らは原料を買って調理・調味をするのがメインの仕事なので、水揚げされた原料を冷凍して保管しておくまでの余裕はなく、仕事量が水揚げの状況に左右されがちでした。その点、うちが原料を買い付け、下処理をして冷凍保存しておけば原料供給が安定します。それに3Dフリーザーなら1度解凍してから調理するのでなく、凍ったままの調理が可能なので、製品の品質自体も他の冷凍技術を使うより良くなります」
もう1つ冷凍により可能性が広がったのは、消費者への直販です。今までもECサイトは持っていましたが、鮮魚のままでは顧客が受け取りにくいという課題がありました。その点、凍結であれば輸送が格段に便利になります。また三枚おろし、柵など顧客にあった形で送ることも可能になることに気づいたのです。
「冷凍で鮮度を意識することは少ないかもしれませんが、実は凍結こそ鮮度が大事です。水揚げされてすぐ冷凍したものと、数日たってから冷凍したものでは大きな差が出ます。僕たちは産地にいるので、凍結の速さという点では豊洲の卸と差別化が可能。早ければ水揚げされたその日のうちに凍結が完了するし、もともと日戻りのタラしか仕入れていないので抜群に美味しいものができるのです」
加工品メーカーとの協業、B to C事業の拡充に加え、布施商店が新たにもう1つ取り組んでいるのは端材の活用。魚を加工する際に出るアラ、端切れなどを、コロッケや餃子などの加工品にすることに積極的に取り組んでいるのです。これは日々、水産資源の減少を目の当たりにする中で、1匹1匹の魚からとれる付加価値を最大限にしようと始めた試みです。
「今は漁獲量が減っているため仕入金額は高騰している一方、魚の消費量が落ちているため安くしか売れないという水産事業者には二重苦の状態です。冷凍技術を使って原料が安い時期に仕入れ、加工品の原料を計画的にストックすることで皆がハッピーに利益が取れる状態にするだけでなく、獲れた原料を最大限活用することも重要だと思っています」
B to Cに力を入れていくのも販路を増やすという目的だけでなく、消費者に海の現状を知って欲しいとの思いが背景にありました。産地から海の変化にあったメッセージを届けることで、今までとは違う魚の旬を創造していきたいと思っているのです。そのためにYouTubeを活用した自社ブランディングも進めています。
「魚の消費量をこれ以上減らさないためにも、魚の文化を絶やさないようにしたいと思っています。でも自分たちが何かを発信できるのは直接買ってくれるお客さんに対してだけ。産地からのメッセージを届けるためにも、B to Cを強化して直接消費者にアプローチしたいんです」
どんどん新たな戦略を打ち出し、進化する布施商店。その活動を支えているのは、社長である太一さんのバイタリティやフットワークの軽さに加え、従業員の自主性が欠かせないのだとか。太一さんが社長になって以降、どんどん従業員に仕事を任せ、そこから良い流れができ始めているのだそうです。
「社長になる前は自分がやらなければという気持ちが強かったのですが、社長になってからはどんどん人に任せたり、人を巻き込んだりしようと意識が変わりました。頼って頼られてという関係を築いていくことがすごく大事だと思うので、社員にいかに楽しい環境、良い環境で働いてもらって、それに見合った価値を提出してもらえるかを考えています」
地域目線を持った会社としての存在感を保つためにも、今年からは地元での新規採用を復活せたいと語る太一さん。地元にい続けなかった人だからこそ持ち得る柔軟性やビジネスセンスで新しい取り組みにチャレンジし続け、それを地元に還元する。それこそが新生布施商店のアイデンティティなのかもしれません。
株式会社布施商店
〒986-0022 宮城県石巻市魚町三丁目4-13 自社製品:タラフィレ、マダラ加工品など
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。