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企業紹介第119回岩手県有限会社早野商店

龍泉洞のそばから届ける母の味と「海山川の幸」

日本三大鍾乳洞の一つ、龍泉洞からほど近くにある早野商店(岩手県下閉伊郡岩泉町)。水道の蛇口をひねれば、世界有数の透明度を誇る龍泉洞の水が出てくる恵まれたこの場所で、同社は商店経営のほか水産加工業なども営んでいます。

早野商店から見上げるこの山の裏手に龍泉洞の入り口がある

日用品を販売する商店がなぜ、水産加工業も手掛けているのか。早野商店取締役の早野由紀子さんは、その経緯を次のように語ります。

人気商品の昆布巻を手に早野家の歴史を語る早野由紀子さん
人気商品の昆布巻を手に早野家の歴史を語る早野由紀子さん

「早野商店を始めたのは祖父で、当初は酒の小売業を営んでいました。昭和40年代に、『このまま小売業だけでやっていくのは難しい』と考えた父(早野貫一社長)が、店頭で惣菜の販売を始めました。昆布巻きづくりを始めたのはその頃です。なぜ昆布巻なのかというと、地元に伝わる昆布巻の昔話と、早野家の縁からです」(早野由紀子さん、以下「」内同)

早野家では、それ以前の代には味噌や醤油づくり、さらに前の江戸時代には近くの小本川を舟で上り下りしながら、海の幸を山に、山の幸を海に運ぶ交易の仕事をしていたそうです。
「地元に伝わる昆布巻の昔話」とは、ある日、川が荒れて舟が転覆。その時、白いキツネに助けられた舟乗りが近くのお稲荷さんに昆布巻を供えたという話。先祖が舟乗りだったことから、早野商店の看板商品として長い時間をかけて育ててきたのです。

「自分たちの店舗で販売できる強みを活かしながら、外での販売も増やしています。道の駅や盛岡の老舗デパートに置いていただいているほか、ネットでも販売しています」

三陸産のサケを使った「鮭昆布巻」は定番の人気商品
大粒のカキにしっかりと味の染み込んだ「かき佃煮」

直接的被害は少ないながらも震災と台風で回復遅れる

早野商店を訪れる人は、「なぜこんな山に囲まれた場所に水産加工場が?」と思うかもしれません。早野商店から太平洋までは、直線距離で約15キロ。水産加工場の立地として決して恵まれているとはいえない場所です。しかし山だからこそ、海にはない素材が手に入りやすいというメリットがあるのです。

「小本川はもともと『幻の魚』といわれるイワナ、ヤマメといった川魚がとれる地域で、現在は近くにその養魚施設もあります。昆布巻きはニシンやサケを使ったものがうちでも定番商品ですが、イワナ、ヤマメを使ったものは、道の駅の商品カタログにも載っている地元ならではの商品です」

山あいの町に加工場があることで、東日本大震災でも沿岸部のような壊滅な被害はありませんでした。電気系統の不具合や機械の故障、床のひび割れなどがあったものの、2~3週間ほどで再開できたといいます。震災の年は、冷凍倉庫が無事だった業者から原料を買い取り、動きの取れない被災企業に代わり、三陸の水産加工品を販売していました。状況が厳しくなってきたのは、それからしばらくしてからのことです。

「だんだん魚価が高騰して、生産計画の見直しを迫られました。特にサケ、ホタテ、サンマの値上がりが大きかった。その中で比較的値上がりが落ち着いたカキを中心に作っていくことにしました」

回復の軌道に乗り始めた早野商店ですが、今度は台風が襲いかかります。

「2016年の台風10号は東北地方を通過し、岩泉でも小本川が氾濫するなど壊滅的な被害がありました。うちの工場と店舗はギリギリ被害を免れましたが、イワナとヤマメを養殖していた養魚場の魚がすべて流されてしまいました。すでにデパートの商品カタログもできていたところだったのですが、原料が手に入らずに大ダメージとなりました」

小型簡易レトルト殺菌器で外注費の圧縮に成功

売り上げを回復させていくためには、新商品の開発も必要となりました。早野商店では昆布巻や甘露煮などのレトルト加工品の販売も始めましたが、同社にはレトルト殺菌の設備がなく、それが必要になるたび他社への外注コストがかかっていました。

早野さんは状況を打開すべく、販路回復取組支援事業の助成金を活用し、2つの機材を導入しました。小型簡易レトルト殺菌器とカップ入りの商品に封をするカップシーラーです。

「小型簡易レトルト殺菌器を導入させてもらったおかげで、これまで外注していたものが内製化できるようになりました。今は一日フル稼働している状態です。カキの佃煮も製造を始め、ホテルのバイキングなどでも使われるようになりました。これからさらに伸びる可能性があると思っていますが、一方で若い人たちに向けて洋風アレンジにも挑戦していきたいと思っています。今試作しているのは、カップシーラーを使って個食パックにしたカキのアヒージョ。和惣菜以外のラインナップも増やしていきたいですね」

小型ではあるもの導入効果の大きかった
小型簡易レトルト殺菌器
カップシーラーを使って新商品の
試作が進められている
カキのアヒージョは容器に入れるところまで試作が進んでいる

守っていく母の味と、新たな味付けへの挑戦

家庭的でありながら、高級デパートに並ぶ気品さも兼ね備えた早野商店の昆布巻。試食したところ、どこか懐かしさも感じられましたが、実はこの味は「母の味」そのものだったのです。

「うちの昆布巻の味つけは、母がもともと家で作っていた家庭の味付けです。当社の商品には『安心・安全なものを食べてもらいたい』というコンセプトがあり、合成着色料、保存料、化学調味料などは一切使っていません。昔ながらのシンプルな味を楽しんでいただけたらと思います」

取材当日も、加工場内には昆布巻づくりにいそしむ母・絹代さんの姿。まさに早野商店の味を守る番人のようです。まだ震災前の売り上げに戻っていない早野商店ですが、大手百貨店や大手通販サイトのおすすめ品に選ばれたり、飛行機のビジネスクラスの機内食に使われたりと、絹代さん“監修”の早野商店の味への評価は高まるばかりです。

このほかに、早野さんが今新たに目をつけているのが、インバウンドの“川魚需要”です。

「龍泉洞には海外からのお客さんも訪れています。そのお客さんから『川魚の焼き魚が食べたい』と言われたことがあり、世界では意外と川魚のニーズがあるような気がしています。川魚は昔からあるものですが、その量が減っているので、今は目新しいものになっている。新しい味付けで、川魚の魅力を伝えていきたいですね」

三陸の魚は海だけじゃない。川にもある。早野さんは、地元の食材が持つポテンシャルを信じています。

「人口減少が続く中で地域の可能性を広げるには、加工会社がいかにいい商品をつくり、世に出していくかにかかっていると思います。うちも小さいながらに、その役割を担っていきたいと思います」

きれいな水、川魚、農産品、独自の食文化。岩泉には、全国的に有名な龍泉洞以外にも多くの特色があります。早野さんたちは自然豊かなこの場所から、これからも食品づくりを通じて町の魅力を発信していきます。

早野商店の早野由紀子さん(左)と母・絹代さん(右)

有限会社早野商店

〒027-0501 岩手県下閉伊郡岩泉町岩泉村木18-32
自社製品:昆布巻(ニシン、サケ、イワナ、ヤマメ)、かき佃煮 ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。