岩手県の広田半島、宮城県の唐桑半島に挟まれた広田湾内では、ワカメやカキ、ホタテなどの養殖が盛んに行われてきました。湾に栄養を運ぶ気仙川の河口付近に、陸前高田市復興の象徴「奇跡の一本松」があることでも知られています。
そんな広田湾で1,300人あまりの漁業従事者をサポートする広田湾漁業協同組合(岩手県陸前高田市)は、2004年に陸前高田市内の5つの漁協が合併して誕生しました。同漁協では水産加工や販売も手掛けています。
「広田湾ではワカメ、カキ、ホタテの養殖が盛んで、量は多くありませんがホヤも養殖しています。珍しいのはイシカゲ貝で、全国でもこの広田湾でしか養殖していません。ある組合員さんがいろいろな養殖にチャレンジされる中で、20数年前にイシカゲ貝の養殖に成功したのです。広田湾のイシカゲ貝は豊洲市場に卸され、高級料亭や寿司店などでも使われています」(広田湾漁業協同組合業務課長の戸羽新二さん、以下「」内同)
広田湾でしか養殖されないイシカゲ貝。サイズ選別は手作業で行われる
東日本大震災の津波で壊滅的な打撃を受けた陸前高田市内。広田湾漁業協同組合と組合員にも、大きな被害がありました。職員1名、正組合員26名、准組合員17名が犠牲となったほか、施設の被害も甚大でした。
「アワビ種苗センター、サケ・マスの採卵所、定置網の倉庫、加工場、冷蔵庫、荷さばき施設、すべて津波で流されてしまいました。残ったのは本所ビルのみです。震災前日の3月10日に引き渡しが済んだばかりのワカメの加工場も、稼働初日に津波で全壊してしまいました」
今はすべての施設が復旧したものの、一旦途切れた販路を回復させるのは容易ではなく、震災の影響は今なお消えていません。
戸羽さんは震災当日の様子をこう振り返ります。
「漁協には地元の消防団に所属している人も多く、地震があった後、水門を見に行った人たちが津波に気づいてみんなに『逃げろ』と言って回りました。私も高台に避難しましたが、漁協の本所ビルのある広田半島は3日間ほど陸の孤島になり、身動きが取れない状況が続きました」
広田半島が孤立したのは、陸前高田市の市街地につながる道路ががれきで寸断されたためでした。道だけは通れるようにと、道路上のがれきは撤去されましたが、携帯電話はしばらく使えず、散り散りになった職員の安否は顔を合わせた際に伝言で確認し合いました。
「徐々に事務所に職員が集まるようになってから、まずは組合員さんの安否確認を行いました。津波は本所ビルの2階の天井にまで達し、サーバーも含め事務所のパソコンはすべて津波に流されてしまいました。かろうじて3階に保管していた古い書類が残っていたので、そこから組合員さんの安否確認を進めました」
その後も半年間ほどは、被害を受けた施設の片付けや、陸にも打ち上げられた漁船の確認を進めていったという戸羽さんら。ただ、その後は建物の復旧までやることがなくなり、普段の仕事ではあまり持たない網を持って、川でサケを取って産卵の手伝いもしていたといいます。ワカメ養殖の復旧は早く、2012年から収穫を再開しましたが、施設の復旧には2年ほどかかりました。
津波から避難する前にUSBメモリにデータを移していた職員もいたため、顧客データの一部は残りましたが、それ以外の多くの顧客データは失われてしまいました。一度切れた販路を取り戻すには時間もかかり、今も漁協の販売量は回復しないままです。また、震災後の労働力不足により、ワカメの最盛期に注文に対応できない状況が続いたため、漁協では販路回復取組支援事業の助成金を活用し、新しい機材を導入しました。
「他の施設を見ながら、『これがうちにもあったらいいな』というものを導入させてもらいました。ワカメ自動送り機は、従来手作業で行っていた加工場内でのワカメの移動を自動化する機械です。これまでは6人ほどの人手が必要でしたが、自動送り機のおかげで、機械を見ている人が1人いれば済むようになりました」
「同時に導入した「塩・異物振い機」は、塩や異物を落としたり、固まったワカメの束をほぐしたりする機械で、従来は7~8人かかっていた作業を2人でできるようになりました。これにより人手不足の中でも生産量を維持できただけでなく、作業者の負担軽減にもつながっているそうです。
省人化に大きく寄与しているワカメの自動送り機一式(左)と塩・異物振い機(右)
2019年9月22日、陸前高田市の国道45号線沿いに道の駅「高田松原」がオープンしました。新たな集客が見込まれるこの場所に、広田湾漁協のオリジナル商品も並びます。
「助成金では、消費者が手を取りたくなるようなパッケージデザインで新商品の開発もしました。試作段階での評判もよかったので、道の駅に立ち寄る新しいお客さんの目にとまればいいなと思います。これからも新しいアイデアが出てくればどんどんアイテムを増やしたいと思っています」
パッケージデザインでも商品イメージを高めていく
最近は、スーパーとのコラボレーションでわかめラーメンのカップ麺も開発。アイテムはこれからさらに増えていきそうですが、その中でも守り続けるこだわりがあるといいます。
「水産加工品は他社製品との差別化を図りにくいところもありますが、うちは三陸産でもなく岩手県産でもない、『広田湾産』という狭い産地に限定しているところに特徴があります。加工に使う調味料に関しても、なるべく地元のものを使っています。たとえば味噌や塩こうじなどは、陸前高田のものです」
広田湾で取れた海産物を、ただ市場に流すのではなく、広田湾産のブランド価値を高めたうえで出していく。それは自分たちの存在理由でもあるといいます。
「震災直後、養殖業をやめる組合員さんはいても、組合をやめる人はいませんでした。しかしここ数年、高齢のために組合をやめる人も増えています。養殖業の担い手が減っていく中で、組合員の皆さんが安定収入を得られるためにも、私たちがうまく売っていかなければなりません。養殖業はきつい仕事といわれますが、うまくやれば高収入になる。若い人たちに、もっと魅力を感じてもらえたらと思います」
いいものにはしっかりと価値をつけて売っていく。少しずつ活気を取り戻しつつあるこの街で、戸羽さんたちは地域での役割を担い続けます。
広田湾漁業協同組合
〒029-2208 岩手県陸前高田市広田町泊102-4 自社製品:わかめ、茎わかめの佃煮、お刺身ほや、塩うに、ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。