2018年10月に、海藻の藻場としては国内で初めてラムサール条約に登録された、宮城県南三陸町の志津川湾。暖流と寒流の影響を受けるリアス式海岸の湾内では、カキ、ワカメ、ホヤ、ギンザケなどの養殖が盛んに行われてきました。
東日本大震災の津波により養殖施設は壊滅的打撃を受けましたが、その年の秋には一部施設で養殖が再開。現在は震災前よりも規模が縮小しているものの、自然との調和を重視した養殖事業が行われています。その志津川湾を望む高台で、生ガキやワカメ、コンブの加工を営む丸壽(マルジュ)阿部商店。同社専務の阿部寿一さんは、地元水産物への自信を隠しません。
「宮城県のカキ産地といえば松島などが有名です。松島では江戸時代からカキの養殖が行われているようですが、実は南三陸町にもカキにまつわる古い歴史があるんです。町内には縄文時代の貝塚が複数あり、復興の工事をしようとした時にも出てきたほど。生ガキの味の評判もよく、他県のカキ産地から『そっちのカキがおいしいから』と注文が入ることもあります。リアス式の山々から志津川湾に注ぐ川の水がワカメなど海藻類の生育にいい影響があるとも言われますし、志津川ダコなども有名ですよ」(阿部寿一さん、以下「」内同)
丸壽阿部商店の創業は1975年(昭和50年)。社長である阿部さんの父・壽征(ひさゆき)さんが、地元のカキの買受人となることで事業が始まりました。同社はカキの生産者から原料を買い取り、自社工場で洗浄、選別、梱包をして出荷しています。
「志津川湾や気仙沼湾などで生産される、宮城県産の生ガキが主力製品です。それ以外にワカメの加工も行っています。カキの水揚げのピークが10月から翌2月、ワカメの水揚げのピークが3月から4月なので、生産者も私たち加工業者もワカメとカキの両立が可能なんです。どちらかが悪い年でもどちらかがよかったりするので、リスク分散にもなっています」
南三陸町に隣接する気仙沼市にあった丸壽阿部商店の冷蔵工場は、東日本大震災の津波により大規模半壊となり、閉鎖を余儀なくされました。南三陸町の本社工場はもともと高台にあったため津波被害を免れましたが、揺れによる被害があったほか、道路や水道などのライフラインの寸断により地震直後は操業できない状態となっていました。
「電気が通ったのは4月末、洗浄用水が通ったのは6月、飲料水が通ったのは8月のことでした。それでも発電機を借りたり、内陸の登米市まで水をもらいに行ったりして、2011年5月から1割ほどの規模ながらワカメの出荷を始めました。水を運べたのは、大きな給水タンクを持っていたからです。それをトラックに載せて、片道50キロの道のりを1日3往復していました」
震災後、カキの生産者が減ったため、原料の供給不足は今も続いています。しかし養殖を続ける生産者の間では、大きな動きもありました。2016年に、同じ南三陸町の戸倉のカキ養殖場が、海の自然に配慮して育てられた養殖水産物であることを示す「ASC認証」を日本で初めて受けることになったのです。これを機に「南三陸戸倉っこかき」というブランドも誕生しましたが、加工業者がASC認証のシールを貼って出荷するには、工場が「CoC認証」を受けていなければなりません。CoC認証とは、認証水産物が適切に加工、保管、流通されていることを示すもので、丸壽阿部商店でも「南三陸戸倉っこかき」を扱うためにこの認証を取得しました。
「CoC認証の取得は難しくありませんでした。というのも、うちは震災前に同業者で初めて『みやぎHACCP』を取得しており、もともときちんとした基準に基づいて製品を管理していたからです。一般消費者が腹痛を起こした時に、生ガキは真っ先に疑われる食材ですから、こうした厳しい基準で管理することは必須条件であると考えています。どうすれば安心して食べてもらえるかを求めた延長線上として、HACCPやCoC認証を取得したというわけです」
環境に配慮した南三陸戸倉っこかきについては首都圏の量販店から、「ぜひ販売したい」と引き合いがあるのだそうです。
原料の供給難、原発事故の風評被害、そして労働力不足と、震災後の丸壽阿部商店は同業他社と同じく厳しい経営環境に置かれています。この状況を打破すべく、同社は販路回復取組支援事業の助成金を活用し、生カキ加工ライン一式を導入しました。この加工ラインには、金属探知機や全自動包装機などが含まれますが、中でもひときわ目を引くのが7等配計量器です。
「生カキの一粒一粒は重さが異なります。1パック100グラムで作るとしたら、100グラム(超過は1~2%以内)になるにはどのカキの組み合わせが最適かを考えながら計量する必要がありますが、これまではそれを人間が行っていました。7等配計量器は、グラム数を指定しておくだけで、最適なカキの組み合わせを計算して7つに分配してくれます。人間では敵わないほどの精度とスピードです」
新しい生ガキ加工ラインの導入により、これまで10人で行っていた作業が、7人で行えるようになったそうです。1時間あたり2,500パックの生産能力も、3,500パックまで向上。より多くの注文に対応できる生産体制が整いました。
「通常、前日うちの工場に運ばれてきたカキは、昼には工場から出荷されます。生ガキは消費までの時間が短い食材なので、首都圏の店頭に翌朝から並べてもらうにはその時間までに加工処理しないと間に合いません」
つまり、午前中にどれだけ作業できるかが勝負の分かれ目だということ。短時間でより多く生産できる新しい加工ラインは、同社の販売量に大きく貢献しているのです。
震災前は地元産のカキにこだわっていた丸壽阿部商店ですが、震災で地元のカキの供給が滞った時は、他の産地からカキを仕入れて、パック詰めの作業を行っていました。
「現在も、他の産地から仕入れることがあります。地元のカキも生産量は安定してきましたが、それでも震災前に比べればまだまだ少ない。報道などでは5割くらいと伝えられていますが、震災前年と比較するとまだ4割程度の水揚げしかありません。生産者は廃業や転業により5割ほどに減っていますし、その中でも後継者不足などの問題があります。買う側の私たちも、生産者を支えていく必要があると思います」
原料を供給する生産者とともに、持続可能な産業を目指す丸壽阿部商店。今後は販売力を活かして、他社も含めた新たな展開も考えているといいます。
「うちの強みはしっかりした商品の見極めができる取引先があるということ。そして地元に良い原料があるということ。引き続き、おいしいカキを全国に届けていきたいと思います」
株式会社丸壽阿部商店
〒988-0441 宮城県本吉郡南三陸町歌津田の頭39自社製品:生ガキ、湯通し塩蔵ワカメほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。