「はい、次はこっち行くよ!」「次は、5kgね。準備して」。
私たちが北茨城市大津町のこいち商店さんに取材にうかがったのは、13時すぎ。11時のセリで買い付けをしたしらすが、ちょうど工場に到着した時間でした。作業の指示をする活気のある声が次々と響き、声がかかるたびに、全員が手際よくキビキビと次の仕事に取り掛かります。
「急に急ぎの注文が入ったもので、慌ただしくてごめんなさいね。塩の加減を見たり、機械の調整をしたり自分じゃないとできないことが多くて」。そう語るのは、こいち商店代表の鉄訓一さん。話をしながらも、機械を組み立てたり、箱詰めを行う従業員と手順を打ち合わせたり、どんどん仕事をこなしていきます。魚の中でも鮮度が重要なしらすの加工では、このスピーディーさが鍵となるのです。
手順の確認や準備が済んだら、いよいよ釜ゆで作業。鉄さんが保冷車から次々としらすの入ったケースを取りだし、大きさを選別。小さいものから順に下ろして行きます。しらすの大きさによって機械を動かすスピードや、火を入れる時間が変わってくるため、大きさごとにきちんと分けておく必要があるのです。
車から下ろしたしらすは、水洗いされた後、少量ずつ引き揚げられ煮沸装置の中へ。釜の中で8回蛇行を繰り返し、茹でていきます。この日のしらすの大きさから茹で時間を2分半に決定。毎回スマホできっちり時間を計って調整しています。
こいち商店の創業者は鉄さんのお祖父さん。創業時は煮干しいわしを中心に扱い、農林水産大臣賞も受賞したのだそう。その後、先代の時代では丸干しいわしを扱うようになり、現在は主力商材を、丸干しいわしからしらすへと切り換えている最中です。
メインの商材をしらすに切り換えるきっかけになったのが、しらすの洗浄から煮沸までを行う装置。15~6年前のこと、小規模な煮釜でしらすを生産していたこいち商店に、市場でつきあいのあった知人から「中古のしらす煮沸装置を引き取って、もっと大がかりにしらすを扱わないか」という申し出があったのだそうです。この機械、実はかなりの優れもの。この機械を使っているというだけで信用してくれる取引先もいるのだそうです。
「うちで出す丸干しいわしの仕上がりがきれいだから、きっとしらすでも大丈夫だろうということで、市場の関係者さんから声をかけてもらったんです」と語るのは前田美子さん。鉄さんの実姉で、箱詰めのリーダーです。子どもの頃から加工を手伝っているので、こいち商店の仕事を誰よりも良く知っている「おかみさん」的な存在です。
「私は従業員というわけじゃないんだけれど、今は忙しいし、毎日ここに来て働いています。いつもは5月~9月のお彼岸くらいまでがしらすのシーズンで、今(9月末)くらいは落ち着いているはずなんだけど、今年はいつもピークの6~7月が不漁だった代わりにお盆明けから、ず~っと豊漁で。今日もずいぶん水揚げがあって手が回らないので、親戚やお友達にも手伝ってもらってます」(前田さん)
煮沸装置は品質の高さが売り物の機械ですが、その分扱うのは難しく、原料の大きさによって塩加減や茹で時間を変えるのはもちろん、しらすを釜から引き上げる時の速度や強さを調整する必要もあるのだそう。きちんと調整しないと、しらすが上手にばらけず固まりが出来てしまったり、機械の吸い込み口にしらすが吸い込まれてしまったりするのです。機械のクセや扱い方を覚え、毎回こまめな調整を繰り返し、少しずつしらすの売り上げが増加。いよいよしらす事業を拡大しようと煮沸装置を大きくしたところで東日本大震災が起こりました。
震災時は、揺れは激しかったものの工場の造りが頑強だったこともあり、建物には被害はありませんでした。機械類も全て無事。ただし風評被害の影響が大きく、「仕事が出来ない」事態に陥りました。
「震災前に関西の方で大きな取引が決まっていたんです。それにあわせて大きな煮沸装置を入れて、試運転が終わった、さあこれから!という時に震災が来ました。震災後、決まっていた関西の大口取引は風評被害でダメになったし、漁をしても売れないもんで港から船が出ないから、原料も全然なくて。震災前、7~8年かけてお客さんを増やして、ようやくこれから軌道に乗るというタイミングだったんですが、本当に悔しくて。」(前田さん)
もともとの主力製品だった丸干しいわしは冷凍の原料を買えたため生産は可能でしたが、加工が茨城であるということで、こちらも風評被害の影響を受けました。また丸干しいわしは、ニオイの強さから少しずつ市場での取引量自体が低下。そのため、しらすの風評被害がより一層大きな痛手となりました。少しでもしらすの原料を確保するため新たに保冷車を購入し、大洗港など遠くの港まで買付に行くものの、一度失った取引はなかなか戻りません。結局、しらすの売り上げは震災前に比べて半減。そのまま数年が経過しました。
そこで販路回復を図るべく、平成29年の復興支援事業を活用し、室内で衛生的に乾燥可能な大型乾燥機を導入することにしました。この機械も煮沸装置と同様にかなりハイスペックなもの。今まで使っていた煮沸装置と同じメーカーの製品であるため、釜から直接ベルトコンベアで連動でき、作業の効率化にもつながります。1度端に行くだけでもかなりの距離がある大型乾燥機ですが、これを5回往復して「冷風」(従来からある80℃の高温風力乾燥機に比べると40℃くらいの冷風)乾燥させます。それにより、減菌効果と同時にしらすの黄色を防ぎ、高品質なしらす干しを生産できます。
「菌数が大幅に減り日持ちがするし、見た目も良くなります。菌が多いと、どうしても色が変わりやすくなったり、ニオイが出ます。市場関係者が見学に来ると、『この乾燥機を入れたんだ!』と驚いたように言われます。生産量も増えるので、今後は今までより大口の受注でも対応できると思います」(鉄さん)
新しい乾燥機を入れて、本格的な稼働はまだ3ヶ月。売上高の上昇など、目に見える成果はまだ表れてはいないものの、少しずつ変化の兆しが見えてきました。まずは関西の市場と新しく取引が決まり、他にも築地や、西日本などの市場から、少しずつ問い合わせが来始めているのです。
「新しい乾燥機を入れて品質が向上したのもあるし、海流のせいか、この辺りの港で水揚げが多い分、他の産地ではしらすの水揚げが減っているらしいですね。その影響もあって、問い合わせが増えているんじゃないかな」(鉄さん)
注文に応じるべく、この日も親戚や友人総動員で、出荷作業に励むこいち商店の皆さん。午前中から休む間もなく手を動かし、20時すぎまでノンストップで仕事をし続けるそうです。鉄さんも、方々からの引き合いにこたえるため、生産で忙しい合間を縫って、精力的に営業活動に出かけています。
風評被害で苦汁をなめたこいち商店。そこから立ち上がるために、大きな投資をした決断を、今度は北茨城の海の恵みが応援してくれているのかもしれません。
こいち商店
〒319-17041 茨城県北茨城市大津町北町3086 加工商品:しらす、小女子、丸干しいわし
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。