真新しい工場内では、近海でとれたアミが加工され、量販店向けに個包装する作業が行われていました。 宮城県名取市閖上地区の水産加工団地の一角に、2017年7月に旧工場の3倍にあたる敷地面積と2倍の生産能力を擁する新工場を設立、新たなスタートを切った株式会社海祥。東日本大震災で被災する以前は、仙台市内に本社工場、塩釜に第二工場を所有し、しらす、ちりめん、佃煮、いわしの丸干し、干物類などをはじめとした商品を生産、量販店ほかへ卸売販売をしていました。
代表取締役の大友史祥(ふみよし)さんは、もともと大学では物理学系を専攻、東京で働いていた商社マン。仙台にいた父親が病気になり、地元に戻り大手量販店勤務などを経て、1994年に起業。仙台市宮城野区の10坪程度の会社からスタートさせたそうです。
「昔から水産加工業の盛んだったこの地域では後発メーカーですから、作る側の発想よりも、消費者目線で物づくりをするメーカーになろうと思いました。量販店での経験がいきたのかもしれません。当時、まだ東北地域ではシラスの加工業者はなかったのですが、折からの健康ブームで、カルシウムをはじめとした栄養豊富なシラスや小魚の加工品は、ニーズが必ずあると思いました」(大友史祥さん、以下「」内同)
その後順調に業績を伸ばした同社ですが、東日本大震災で被災、塩釜工場は津波をかぶって使用不能に。震災後、塩釜工場の機械をメンテナンスし、仙台市の工場に運び稼働を続けたものの、手狭になり思うような生産ができず悩んでいたという大友さん。
そんなとき、名取市から現在の工場が建つ水産加工団地への誘致話が。会社の将来を見据え、HACCP認証取得も考えていた同社は、従来の工場を増築、改築するよりも原料の仕入れから生産、流通までを一体化できる拠点をつくり、質の高い商品づくりをめざすという方針を固め、新工場建設、移転を決めました。
「後発メーカーだからこそ、闘える部分、ソフト面を強化していこう」という戦略をたて大きなコンセプトとしたのが「安心、安全」。食品の安全問題が社会問題化し、シラスやちりめんじゃこにも異物混入への対応策が各メーカー問われている頃でもありました。
そこで、同社は真空加熱殺菌機の導入に着手。大友さんが設計に携わり機器を特注しました。これは、加熱調理後の食品を減圧状態におくことにより、沸点を下げ、低温で原料内部に含まれている水分を蒸発させ、その際の気化熱で冷却させる機器。微生物が活性しない温度まで急速冷却できるため、保存料やpH調整剤を使用しなくても、旨みや素材感を損なわずに生菌数をコントロールできる海祥独自の製法。殺菌には、大型全自動浄水器で精製した水を使用、残留塩素や不純物も除去するという徹底ぶりです。 この海祥の独自技術を用いて、従来のシラス干しが冷蔵10℃以下で賞味期限15日だったのに対し、賞味期限が30日に。常温販売も可能になりました。
一方、販売先からの異物除去のニーズが高まるなか、震災後の人手不足で、目視による選別だけでは、生産量が追いつかない状況が続いていました。 そこで、より鮮度を維持しながら競争力のある商品をつくるため、販路回復事業を利用して、小魚用色彩選別機一式、光を透過させることで目視による選別工程の精度をあげるLEDコンベア一式、金属探知チェッカー1式を導入。前述の薬品を使わずに安全な商品をつくる真空加熱殺菌とともに、「安心、安全」の強化を実現したのです。 色彩選別機の導入で処理量は、目視選別の1時間あたり20㎏に対し165㎏と6.6倍に。歩留りも目視では93.7%、機械選別では97%となりました。
「機器の導入にあたっては、メーカーに通い詰めて、弊社の商品、小魚の選別に合うかを精査しました。現在は、専門の担当者をつけてマニュアル作りに取り組み、日々ブラッシュアップしています。担当者が休んでも、他の人が同じ品質の商品をつくれるような体制をつくり、安定的な供給を図ることが不可欠だからです」
新工場建設を決めたときから想定していたHACCP認証は、2018年1月に申請を開始します。
営業面では、コンサルタントの指導を受け、FOODEX JAPANなどの展示会で色彩選別機導入後の商品の紹介を行いました。結果、新規取引先見込み18社と商談継続中のという成果を得ました。
また、コンサルティングによる新たな商品開発にも取り組み、4アイテムを開発。そのうちのひとつ「あみってうまい醤(ジャン)」が2017年2月の宮城県水産加工品品評会において水産庁長官賞を受賞します。
「当社では、地産地消の商品開発にも力を入れています。佃煮やちりめんを使った商品など水産加工品に加えて、仙台市とのコラボで生まれた仙台伝統野菜の雪菜を生地に練り込んだ『仙台あおば餃子』もそのひとつ。雪菜は冬にしか採れませんので、水産加工の冷凍技術をいかして、冷凍します。その雪菜を生地と具に練り込んだ餃子は仙台の地産地消グルメとして好評をいただいています」
精度の高い選別ラインの増設、新たな商品開発などの取り組みの結果、受注が増え、さらなる省人化、生産力の向上が課題となります。そのため、自動ラベル貼付機、段ボール製函機1式、コンテナ清浄機も導入。これにより、12月の繁忙期に4万9500ケースの組み立てを手作業では、約200時間かかるところ、約80時間に短縮され、目視選別、導入した機器の設定、調整など注力するべきところに人員を配置できるようになりました。
「高品質かつ安心、安全」な商品力で、昨今のマーケットを分析した結果、商品開発、販路を開拓に注力したのが、BtoB、「中食」向けの業務用商品です。スーパーマーケットをはじめとした量販店、コンビニエンスストア、総菜専門店などへ、ちりめんやシラスの業務用商品、バックヤードで簡単に最終商品に加工できるよう、シラス干しと明太ペーストや鮭フレーク、野沢菜などをセットにしたキット商品などを開発。さらに、高いレベルで消費者への安心、安全品質が求められる学校給食や病院へも販路を開拓しました。
現在、売り上げは震災前の数パーセント増。生産能力が倍になったと考えると、工場の稼働率が50%程度のため、稼働率を上げていくことが課題です。 「当社が掲げてきた安心・安全を追求した製品が中食、業務向け商品のニーズに合致したという手ごたえは充分にあります」と話す大友さんに今後の展望をうかがいました。
「今回導入した高度な色彩選別機で選別したものを、よりスピーディに商品化するために、自動計量機と窒素自動充填機を導入して、ロングライフ商品を作るラインを完成させるつもりです」
名取市の新工場の向こうにはすぐ隣に海が広がっています。
「縁あって震災後に仙台市内から移転した名取市閖上地区ですが、海は目の前。閖上港でも今年からシラス漁が解禁になりました。まだ、まとまった量にはなりませんが生のシラスも目の前で仕入れることができます。北は石巻港、南は相馬港まで車で30分~40分ほど。仙台空港や仙台港も近い。生産拠点に加えて物流の拠点としての立地条件も整っています。新工場は仙台市内の本社工場と塩釜工場分かれていた選別ラインと惣菜ラインを1つに集約することができました。当社では今後も地産地消を柱とし、仙台あおば餃子のように、地元の農産物ともコラボした商品開発に取り組んでいきたいと思っています。現在は、水産が8割、惣菜が2割程度の売り上げ構成ですが、2年後をめどに5:5の比率にすることをめざしています。震災以前は、香港のデパートとも取引があったのですが、震災の影響で取引が中止になってしまったんですね。アジアは和食ブームですので、取引再開を目指し、アジア諸国に向けてもBtoB商品を開発していくという構想を持っています。その他にも、2020年の東京オリンピックの選手村で、当社の商品を使ってもらいたい。これも大きな目標のひとつですね」
よどみのない言葉で、今後の展望、事業計画について情熱をもって話していただきました。 10坪からスタートした海祥は、今、震災という危機を乗り越え、大きく前進し続けています。
株式会社海祥
〒981-1213 宮城県名取市閖上4-173-2(本社工場) 自社製品:シラス、ちりめん、小女子、海藻類、するめ類、佃煮類
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。