八戸港を取り囲むように点在する水産加工会社。その社名を見ると、昔からの屋号や苗字を基にした会社名が数多くあります。その中で「フロンティア食品」というひと際目を引く社名。どうしてこのような名前になったのでしょうか。まず社名の由来からお聞きしました。
「陶磁器の窯元の家で生まれ育ち、水産業は全くの門外漢。20年前、義父の会社を手伝うことになった時に、この世界に入りました。その後、フロンティアスピリットを持ち続けようという意志で“フロンティア食品”に社名を変更しました」(有限会社フロンティア食品専務取締役、工場長 渡邊秀樹さん・以下「 」内同) 最初は分からないことだらけで苦労の連続だったそうですが、職人の世界と工場運営は似たところがあると、渡邉さんは言います。
「“ものづくり”に関する考え方は共通していて、どちらも常に次の工程を読みながらやらなければうまく行きません。効率的に何かを作ることや整理整頓、動線がどうだとか、職人のこだわりと工場運営は似たところがありますね」
自らの経験を活かし、新たな領域を切り開いていくところに、渡邉さんのフロンティアスピリットの源があるのかもしれません。
創業当初は一次加工の会社でしたが、衛生的な環境を買われ、大手量販店向けの珍味のパック詰めの仕事を請け負うようになったのです。とはいえ最終加工の経験は全くなく、「それまでと1ケタ違う」注文数や、納期の厳しさなどに戸惑うことも多かったと言います。
またパック詰めは加工の最終段階。異物混入などがあればダイレクトにクレームが来ます。そのクレームも、持ち前の研究熱心さと、地道な努力で粘り強く改善。ここ10年ほどは「クレームが極端に少ない優良企業」という評判を勝ち取るまでに至りました。販路も徐々に拡大し、大手量販店やコンビニエンスストアで販売数上位を争う商品の最終加工を請け負うまでになったそうです。
「ほとんど異物はないはずと言われている商品でも、ウチで検品をするとたいてい異物が見つかります。“錆が入っているということは、ウチに来る前の段階で錆ついている機械があるのでは?”などと分析し、前の加工をした会社さんの工場を訪問して一緒に原因を追究したりもします。自分達の仕事だけをするのではなく全体のことを考えているから“フロンティアさんでやってもらって良かった”と言ってもらえていると思います」
検品は集中力が必要な作業。それを確実に行うため、フロンティア食品では「4人で1チーム、1時間交代」というルールを設けています。試行錯誤の末、「集中力が続く限度は1時間」という基準を発見、最適な仕組みづくりをした結果です。
「長年取引をする中で結果を出し、検品にかかる費用をきちんと認めてもらえるまでになりました。きちんとした商品を出さないと最終的にはクレームが出て回収になってしまう。元請け、下請けという立場を超えて、対等なパートナーとしてやっていかないと続きません」
また作業の精度を高めるために、「誰が見てもわかりやすい」作業フローチャートを作成する、検品やクレームの結果を従業員全体で共有する、見過ごしてしまいがちな小さな不良品を発見した従業員を皆の前で表彰するなど、精度をあげるための取り組みを他にも多数行っています。
取扱量が膨大だったため、一時はコンビニや量販店向けの珍味のパック詰め加工が会社の主力になっていました。しかし最終製品は漁獲高や売れ行きで仕事の量が大きく変化し、調整がきかないのも事実。リーマンショックの影響で珍味の売り上げが減少し始めたこともあり、経営の安定のため、15年ほど前に開設した市川工場での一次加工部分の育成に力点を置きました。
最初は最小限の機械で出来るところからはじめ、安定してきたら少しずつ設備や取扱商品を増やすという地道な拡大を続けていました。また、1次加工と並行して惣菜の製造も行い、地元の百貨店で和食惣菜中心の直営店も出店しました。
震災が起こったのは、ちょうどその頃。本社と珍味のパック詰めを行っている工場は河口部に位置するため、津波の影響で復旧まで1年間、海から距離がある市川工場も稼働するまで2~3週間かかったと言います。
「本社は車が流れてきてシャッターが突き破られ、内部は洗濯機でグルグル回されたような状態。市川工場も電気が来るまでに1週間ほどかかり、冷凍庫は浸水して床がヒビ割れたりしました。とりあえず機械だけでも発注しようとしましたが、今後どうなるかが分からず、かなりのストレスでした」
本社工場が復旧を待つ間、前線になったのが一次加工を行う市川工場。取引先からの仕事も徐々に増えていきました。そして、作業の効率化と負担軽減を図るため、渡邊さんが利用したのが平成28年度の補助事業です。ラインの導入により、重労働だった原料の上げ下ろし作業を省人化。またナノバブル発生装置により解凍処理も、より迅速に行えるようになりました。
「タンクから原料をあげるのが重労働で大変でした。その部分を機械化することで、加工に人手が回るし、従業員の教育の時間もとれる。どのくらい効率化できるか、かなり細かく計算して導入を決めました。おかげさまで販路回復に取り組むことができました」
人の手、人の目が必要な部分以外は積極的に機械化
設備補強による省人化によって、会社・従業員の更なるスキルアップを図るのが渡邊さんの次の目標です。切り身の加工は、扱う魚種やコストとの兼ね合いによって日々作業内容が変わります。特にフロンティア食品では、単に冷凍したり、フィレにするだけではなく「箸でつまんで食べられるサイズに加工する」細やかな作業に強みを持っています。そのため省力化で得られた時間を従業員の技術習得にあてているのです。
「原料コストが高くなれば、カットの大きさや形を調整しなければならなかったり、焼いた時に縮む分量を考慮しつつ最適な大きさに切り揃えたり、技術者にはその時々の状況にあわせて細かい調整が必要になります。しかも水揚げの状況によって、日々扱う魚も変わってしまうので、毎日進化しなければいけない」
技術習得は効率の追求という目的だけでなく、従業員のモチベーションを高め、より精度の高い仕事を目指そうという意志の表れでもあります。実際に渡邊さんの言葉の端々からは、従業員への尊敬が感じられました。
「パートさんの中にも能力が高くて、物事を筋道たてて考えられる人、ハザードを予見できる人がたくさんいます。特にお母さん達は、日頃からどんなに辛いことがあっても逃げないで物事に対処する経験が豊富なせいか、危機を予見する能力が高いと思います」
震災から立ち直りつつある現在も、イカの不漁など新たな苦難は続いています。 しかしそれも「色々な魚の加工を勉強させていただく経験」と前向きに捉え、震災後、経営が安定するまではと一時的に中断している惣菜加工に再チャレンジする準備を整えています。
「将来的には地元の食材を使って、最終製品を作りたい。地元でしか流通していない魚や、青森・岩手ならではの農産物を組み合わせたいと思っています。魚の惣菜は意外に定番のものしか出ていない。もっとバリエーションを増やして、ニッチなものを作ったらチャンスはあると思っています。ハラルを取得して、輸出をすることなども視野に入れて行きたいです」
どんな困難があろうとも、それに負けない旺盛な活動力。社名に込められた創業時からの思いは、今も変わらず渡邊さんを動かし続けます。
有限会社フロンティア食品
〒031-0811 青森県八戸市新湊1-10-7 珍味の小分け包装、水産加工一次処理(いか、さば、さんま、さけ等)
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。