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第143回福島県有限会社海宝水産

トラックを乗り捨てて津波から避難

震災から10年近くが経った今(取材当時)も、当時の光景は島さんの脳裏に強烈に焼き付いています。

「震災当日、請戸漁港で見たこともないくらい大量のカレイが揚がっていました。どれも大きなものばかりで、仲買さんもさばき切れないほどでした。地震が起きた時、私は工場にいました。活魚を入れている水槽の水があふれ出て、地面には亀裂が入り、サイドブレーキをひいていたトラックは5メートルほど移動しました。従業員には海沿いの道を通らずに山から帰るようにと指示をして全員を帰し、私はその後にシャッターを下ろしてからトラックで非難しました。遠くでは煙が立っているのが見えました。家が崩れていたのです。防災放送はありませんでした。たぶん壊れていたんでしょう」

一方、妻の利恵子さんと娘の友希子さんは、島さんよりも少し前に工場から乗用車に乗って避難していました。途中、地盤沈下により橋が走行困難になっており、危険を覚悟して橋を渡る人もいましたが、利恵子さんと友希子さんは躊躇していました。

「ちょうど橋の目の前にある神社の方が、『うちの庭を通れば向こう側の道に出られる』と言ってくださったので、妻と娘はその庭を通らせてもらいました。私自身はトラックが立ち往生してしまったため、トラックを乗り捨てて走って逃げました」

津波に流されることも覚悟していた島さんでしたが、間一髪のところで先に進んでいた利恵子さんと合流し、浪江町の体育館に避難しました。

「翌朝6時に、原発が危ないから逃げろと言われました。私はいったん工場に戻りましたが、津波で跡形もなくなっていて、海水を組み上げるポンプと重い鉄くずだけが残っていました。津波で流されたという人が歩いていたので救助をした後、私たちは福島の親戚の家に向かいました。そこで20日間ほど過ごしたのち、妻の出身地でもあるいわき市に移ったのです」

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