復興水産加工業 販路回復推進センター

販路回復・助成事業・アドバイザー 相談の申し込み

企業紹介企業紹介

企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第89回福島県いちまる水産有限会社

県外から目指す、ふるさと相馬での「3度目の再スタート」

社名の由来は、創業者の今野里茂さんが漁師時代に乗っていた船の名前。福島県相馬市の水産加工会社「いちまる」は、現在は宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区にある水産加工団地の一角で工場を営んでいます。2代目社長の今野泰一(よしかつ)さんは、同社の沿革を次のように説明します。

いちまる水産2代目社長の今野泰一さん

▲ いちまる水産2代目社長の今野泰一さん

「父は船から降りた当初、鮮魚の仕事をしていました。水産加工の仕事を始めたのは、私が小学生頃のことです。コウナゴの天日干しから始めて、現在はシラスやサケ、タコなども加工しています」(今野泰一さん、以下「」内同)

現在、里茂さんはいちまるの経営を引退していますが、水揚げが盛んな時期になると漁師の血が騒ぐのか、「魚に触りたい」と言って、孫たちと一緒に暮らしている石川県金沢市から東北に戻ってくるのだそうです。

なぜ、相馬市のいちまるが隣県の水産加工団地に工場を構えているのか。そしてなぜ、今野さんの家族が遠く離れた日本海側の石川県に住んでいるのか。それには複雑な事情があります。

「当社の本社があった相馬市の磯辺地区は、震災の津波により高台以外は壊滅的ともいえる被害を受けました。市内2カ所の工場も全壊し、6キロ先まで冷凍コンテナが流されました。工場だけでなく自宅も失い、私たち家族は行くところがありませんでした。そこに原発事故も重なって、再建の見通しも立てられない。そんな時に、石川県金沢市でお世話になっていた方から、『うちの工場を使ったら?』とお話をいただき、一家で一時的に移住することにしました」

今野さんは18歳から20歳の間、金沢市で修業をしていたそうです。その後、相馬に戻ってからも、金沢の業者とは仕事を通じて関係が続いていました。

相馬から金沢へ、その後閖上に移設されたドラム式のタコもみ機

▲ 相馬から金沢へ、その後閖上に移設されたドラム式のタコもみ機

「震災当時、当社にはパートを含めて30人ほどの従業員がいました。私が金沢で仕事を再開するというと、5人が付いてきてくれました。タコを茹でる釜とドラム式のタコもみ機も被災しましたが、修理をすれば使えそうだったので金沢へ持っていきました。幸い金沢は工業が発達している地域なので、部品はすぐに揃って修理ができました。いろいろな方からの支援により、2011年6月には金沢で仕事を再開することができました」

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
TOP