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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

原発事故後、先の見えない不安。
潮目が変わった輸出向け製品の需要拡大

2011年3月11日、徳久さんはいつものように波崎港に行っていました。この日は特に浜が盛況で、買い付けたトラック10台分もの大量のイワシを工場に搬入する作業に追われていました。あと残り3台で搬入が終わるというところで、突然激しい揺れが。この地震により、電気、水道が止まってしまい、トラックには搬入しきれなかった40トンの缶詰加工用原料となるはずのイワシがそのままの状態となったのです。翌日、電気復旧の再開の見通しがたたない状態の中、これらの原料を無駄にしないようにと、従業員総出で手作業でミンチに加工し、エサ用原料としてなんとか販売することができました。また、河口近くの川沿いに建つ冷蔵倉庫は浸水、周辺の道路も冠水し、津波で流されてきた船などが押し寄せてきたそうです。

その後起こった福島第一原発事故の影響で、波崎港での水揚げはストップ、中国、ロシア、韓国に向けて輸出もストップしました。さらに、国内向けの餌料や加工品用原料も取引中止になる例が相次ぎ、震災直後の年の売上は、震災前の25%減となりました。

「当時はこの商売を続けて行けるのか、先が見えない状況でしたね」(石橋徳久さん、以下「」内同)

潮目が変わったのは、銚子港での水揚げ量が安定し、波崎港での水揚げが再開した2年ほど前。震災前には、売り上げの1割から2割だった輸出に、新たに東南アジアやアフリカ諸国に向けての輸出が伸び始めました。

「新興国が新たなたんぱく源を求めた結果のニーズだと思います」

これは、社長就任とほぼ同時期の転換期でした。

「海外での需要があるなら、まだ先は明るいなと思いました。そこから輸出向けの加工品製造に注力することにしました」

この日も波崎港で水揚げされたサバが搬入されていた

▲ この日も波崎港で水揚げされたサバが搬入されていた

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