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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第67回茨城県株式会社才賀商店

若き社長のもと結束して築く
「お互いを認め合える小さくても強い会社」

茨城県神栖市で、大正年間に創業した才賀商店。当時は、魚粉と呼ばれる飼料を製造していたそうです。その後、サバ、イワシのみりん干しや塩サバ加工なども行っていましたが、70年代より徐々に始めていた冷凍冷蔵製品が90年代には主力となり、現在ではその取扱いが100%に。日産450トンの凍結能力、そして収容能力2万トン冷蔵庫を有し、銚子港などで水揚げされたイワシ、サバ、アジ、サンマなどの冷凍・冷蔵し、鮮魚、加工用原料、養殖の飼料用として国内外向けに製造・販売しています。

才賀商店の3代目である才賀博史さんは水産会社の社長の中でもひと際若い43歳。 博史さんが代表取締役社長に就任したのは36歳のころで、闘病生活を続ける先代の賢一さんから事業を引き継ぎました。2011年、新しい体制でスタートを切った矢先、あの東日本大震災が起きたのです。それは就任後、わずか2週間のときでした。

震災で激しく揺れた工場の壁には大きな亀裂が走り、屋根が落ちたりなどの建物の被害がありました。水道も2週間ほど止まりましたが、事業用水は地下水を利用していたため、稼働は続けられたそうです。しかし原発事故の影響は大きく、当時、輸出先の主要国であったロシア、中国、韓国が日本の水産物の輸入停止処置をとったことで既存顧客を失い、巻網船の操業日数の低下などを受け、生産量も落ち込みました。

▲ 代表取締役社長の才賀博史さん

▲ 代表取締役社長の才賀博史さん

「先代が闘病中から事業を少しずつ引き継いではいたものの、当時はまだまだ全体の把握も、見通しもできていませんでした。そんな中の震災。周りから見たら、どん底だったと思いますし、私もすべてが分かっていればこれは大変なことになった、と思ったでしょう。今思えば目の前のことに必死だった時期だからこそ、がむしゃらにやるしかなかった。それがよかったかな、と思います。従業員や周りの先輩方も必死に支えてくれました」(才賀博史さん、以下「」内同)

同業の多いこの地域で、他会社の社長は親世代の年齢の人ばかり。そんな周囲の先輩も、博史さんを子ども扱いしたりせず、いわば競合相手であるにもかかわらず情報を共有したり、相談に乗ってくれたりしたそうです。

「持ちつ持たれつのヨコのつながりに、感謝しています」と博史さん。

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