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企業紹介第18回岩手県森下水産株式会社

仕入れから加工までの「地産のストーリー」が「戻る場所」を作る

最初の波とは明らかに違う。従業員の避難誘導後、全員が避難したことを確認した6人は、異変を察してその場から逃げることを決断しました。

震災後の販路回復の道を模索する森下水産の森下幸祐さん
震災後の販路回復の道を模索する森下水産の森下幸祐さん

「津波の第1波は川を遡上する程度のものでしたが、第2波は比べ物にならないくらいに大きかった。いつもなら工場から見える下流の橋が、津波で見えなくなっていました」(森下水産専務の森下幸祐さん、以下「」内同)

森下さんが撮影した津波の様子
森下さんが撮影した津波の様子

大船渡湾へと注ぐ盛川(さかりがわ)河口付近で観測された津波の高さは9.6メートル。その場所にかかる川口橋が津波で見えなくなる様子を1キロほど上流から確認していた森下さんは、川を遡上する津波に追われながら無我夢中でカメラのシャッターを切り続けました。

「その日の夕方には避難所にたどり着いて自分たちは無事でしたが、水が引いた後に工場に戻ると、建物の骨組みしか残っていませんでした。本社横の第2工場は購入してまだ1カ月ほどしか経っていなかった。これからどのように使おうかと、まさに図面を引いているところだったのです。他にも営業冷蔵庫や保管していた原料などがありましたが、すべて津波でダメになってしまいました」

失ったのは工場だけではありません。森下さん個人も津波に大切なものを奪われました。自宅は流され、父親も行方不明のまま見つかっていないのです。

2工場が全壊するも完全復旧し新工場も完成

そんな状況下でも、目の前にはやるべきことが山ほどありました。まずは工場の中から泥をかき出し、機械を運び出し、冷凍していた原料を廃棄しなければなりませんでした。

津波で全壊した森下水産の工場
津波で全壊した森下水産の工場

「大船渡では市に指定された場所に穴を掘って原料の水産物を廃棄処分することになりましたが、これが途方もない量でなかなか作業が終わりませんでした。それでも従業員が手伝ってくれたおかげで、7月からは工場の再開にこぎつけることができました」

最初は本社工場の半分だけを直し、残り半分を工事しながら操業していましたが、8月には本社工場が完全復旧。10月からは第二工場と営業冷蔵庫も使えるようになりました。2015年には新しく第3食品工場が完成し、100人から30人にまで減っていた従業員の数も徐々に増えていったのです。

ところが震災前とはマーケットも大きく様変わりしました。販路を回復させるには、工場を元通りにするだけでは足りず、消費者ニーズに合った新商品の開発が急務となったのです。

きれいな家に住んでいても汚れた手でおにぎりを握っては
意味がない

森下水産ではサンマ、イカ、サバ、イワシなど、地元の大船渡魚市場で買い付けた水産物を自社工場で竜田揚げやフライ用などに加工しています。最近は調理の手間を省きたい食卓のニーズに合わせて加工度を上げており、工場内で焼き調理まで施しているものもあります。

焼き加工も行う工場内には食欲をそそる匂いが立ち込める
焼き加工も行う工場内には食欲をそそる匂いが立ち込める
電子レンジで温めるだけで食べられる焼ししゃもの包装ライン
電子レンジで温めるだけで食べられる焼ししゃもの包装ライン

「ニーズの高まる簡便商品の開発、高付加価値商品の開発を進めるには、新しい機材の導入が不可欠でした。そこで復興支援事業の助成金を活用して、循環式過熱水蒸気焼成ラインや、主にコンビニ向け商品の包装に使われる横型ピロー包装器、バッター・パン粉付け機ラインなどを導入しました。パン粉はこれまで手作業で行っていましたが、コスト競争に負けないためにもこの機械が必要でした」

循環式過熱水蒸気焼成ライン
循環式過熱水蒸気焼成ライン
横型ピロー包装器
横型ピロー包装器
バッター・パン粉付け機ライン
バッター・パン粉付け機ライン

新しい工場が完成し、新しい機械も揃った。いよいよ本格的な販路拡大に乗り出す森下水産ですが、そんな中でも森下さんが一歩立ち止まって顧みるのが「安全」です。

「工場が立派であるかどうかと、商品が安全であるかどうかは別問題です。当社は幸い新しい工場を建てることができましたが、たとえ古くてもきれいな工場であることが第一です。もちろん運用面も大事です。社員教育は一日してならず。立派できれいな家に住んでいても汚れた手でおにぎりを握っていたら意味がないのと同じで、工場内の衛生管理についてはしっかりと教育しています」

衛生管理を徹底している工場内の様子
衛生管理を徹底している工場内の様子

森下水産では安全管理に関しては早くから対応をしてきました。2001年には食品衛生管理の国際基準であるHACCP(ハサップ)を取得しましたが、同社ではその基準よりも厳しい管理体制を敷いているといいます。森下さんは「安全上の問題で作れないものはない」と胸を張ります。

大船渡は『魚よし、市場よし、工場よし』

売り上げベースではすでに震災前の水準を超えている森下水産。しかし昨今の原料高が響き、思うように利益をあげられていません。新機材導入などのハード面だけでなく、ソフト面でも省力化や価値の向上を図っていくことが今後の課題だといいます。

「原料が不足している魚種は大船渡以外から取り寄せることもありますが、基本的には大船渡の市場で原料を買って、自社工場で加工することを原則としています。そうすることで、仕入れから加工まで一貫して大船渡で行われているという地産のストーリーを見せることができるからです」

市場で買い付けをするのも森下さんの仕事。かれこれ30年近く、毎朝6時に大船渡魚市場に顔を出しているといいます。だからこそ感じていることがあります。

「大船渡ではいい魚がとれます。それをおいしく食べられるように加工する工場があります。
『魚よし、市場よし、工場よし』の大船渡ブランドは間違いなくいいブランドなんです。でも知名度がない。業界の人には知られているけれど、一般の人にはまだ知られていません。同業者とも連携して大船渡ブランドの価値を広めていかないといけません」

森下さんは、それが震災後も人口減が続く大船渡市の活性化につながるとも考えています。

「外に出ていった若い人たちが、高齢の親の面倒を見るために地元に戻りたくても働く場所がなくて戻ってこれないということもある。そんな時に当社は『働く場所はあるから戻ってこいよ』と言われる企業の一つでありたいと思っています。自分の会社だけで頑張るのではなく、大船渡全体を盛り上げていきたい。地域が頑張れば、必ず人は戻ってきますから」

まだ至る所で工事の続く大船渡市内ですが、「大船渡ブランド」の普及が地域復興につながる近道なのかもしれません。

森下水産株式会社

森下水産株式会社

〒022-0003 岩手県大船渡市盛町字田中島27-23
自社製品:サンマ、イカ、サバ、イワシなどの加工製品(竜田揚げ、フライ、塩焼き等)

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。